三十五話 センテイカイ
勝敗はすでに決していた。誰の目にも映ったであろう、私の完全なまでの勝利。しかし、男はそれに不服であったのか、なおも私に剣を向け間合いを詰めて斬りかかってきた。
男のハゲた頭が逆光になり、一瞬視力を奪われる。……便利な頭だ。気が付くと、すでに剣は私の喉元を捉えていた。
――殺すつもりだったのか。
「やめい! ガイザーよ、これ以上恥を上塗るか!」
その声で切っ先は一瞬動きを止める。
「……構いません。私もまだ、動き足りないと思っていたところです」
視線だけ動かし、審査員……ルーンナイト第二席。ドルイド・ハーケン卿に意思を伝える。
ルーンナイト選定会、最終戦。私は現第六席ガイザー・ドルベンとその席を賭け、戦いを挑んだ。特別に設営された会場には、エルドアの国民が所狭しと詰め掛けている。
一年に一度開かれるこの大会は、国民に取っても大きなイベントでもある。騎士に名を連ねる者からルーンナイトを選出する恒例行事。通称、『選定会』。
賓客の中には諸外国の首脳が出席しており、この選定会自体がエルドアのルーン技術と騎士の質の高さを内外に知らしめる、重要な戦略でもある。
その場で、だ。勝敗が決しているのにもかかわらず、今なおヒステリックに叫び狂うこの男の姿はどうか?
顔を真っ赤にし、タコの様な頭から湯気を出してみっともない事この上ない。
「……よかろう。続行を許可する」
ハーケン卿のその言葉を待っていましたとばかりに、ガイザーが再び剣を私に突き立てる。
「女がルーンナイトになるだと!? 笑わせるな、女如きにルーンナイトが務まるものかよ!」
私は顔をしかめる。
「ガイザー様、呼吸をお止めください」
「何だと?」
「あなたの息は臭い」
すでに噴火したガイザー。こんな安い挑発にのっているようでは、ただの小物か。踏み台にすらならない。
大きく振りかぶったガイザー。スキだらけの見本の様な動きで、私に迫る。私は長く伸びた赤い髪を翻し、斬撃を見切ると、額に迫った剣の横っ腹に、一撃を加える。
見事に真っ二つになった剣を唖然と見つめ、ガイザーは後ずさるが、すぐに次の行動に出た。
――ルーンか。それもどうやら二重詠唱。
「ワシのルーンはなア! ガルダクラスの異形でも、こんがりローストチキンにする威力なのよぉ! 終わったなあ、赤毛猿!」
臭い息を撒き散らし、ムダな説明を垂れ流す。自分の力を大きく誇示しようとする愚かな犬。その遠吠えを聞き流して、私はルーンを唱える。
常に私に付きまとう『女のクセに』という、言葉。それはこの男に限った事ではなく、他の騎士達からも言葉にしてかけられた事はないが、ひしひしと伝わっていた。
それを今日ここで、吹き飛ばす。この男はその宣伝になってもらおう。第六席がこんな小娘に力負けしたとなれば、周囲の視線も変わる。
意識を集中する。大地の壁。早き逆風。私の周りに土の壁と風の壁。二重の障壁が発生し、ガイザーのルーンを受け止める。
受け止めたルーンは、しっかりと利子を付けてお返しする。私は義理堅い性分だ。受けた恩も傷みも倍にして返す。
障壁で受け止めた炎の嵐を、ガイザーに向けて放つ。ガイザーは微動だにしない。ガイザーを炎の嵐が包み込む……つもりだったが、あえて直撃を避け、ギリギリの所でかすらせた。
「ご満足いただけましたか?」
ガイザーは息を飲んで、汗をだらだらと垂れ流し、青い顔のまま、固まった。……殺してしまうと、失格にこそならないが、民衆への心象が悪い。それに宣伝目的なら、これで十分だ。
「見事だ。ロッテ・ルーインズ。これからはお前が第六席を名乗るがよい」
ハーケン卿のその言葉。ついにこの時が来た。
「ありがとうございます。ルーンナイトとして、陛下の盾となり、槍となり、国の守護者となる事を……誓います」
一斉に歓声が上がる。私の名前を高々に叫ぶ人々。惜しみない賞賛。祝福。それらを一身に受ける。
8年……長かった。ついに、ついにここまで来た。6歳になって、すぐ父は亡くなった。酒の飲みすぎで酔って頭をぶつけてしまったらしい。家族を失ったというのに、その時は不思議と何も感じなかった。
それから私は孤児となり、王都の孤児院で6年を過ごす。騎士団には見習いとして12歳から入団できる。私はそれまでずっと研鑽を重ねてきた。
『女のクセに』。その言葉が私に付きまとう。その言葉と付き合い始めて早2年。だが、それも今日この瞬間までの事。
私はルーンナイトになった。だが、私の野望はここで終わらない。
ふと、視線を感じて一番高い席……王族席を見上げる。
第一王子ジェラールが私を見ていた。ジェラールは今年18歳。あと二年もすれば、彼が王位を継ぐ。私の野望はその隣の席……。彼の后となる事。
国を守る聖女として数々の武勲を挙げ……彼と結ばれる。貧困層から這い上がり、女性初のルーンナイトとなった私……話題性も人気も十分に得て、王の后に相応しい女になる。
そして、やがては彼を政治の席から排除し、私がこの国を手に入れる。それが、野望。
誰にも頼らない。誰にも裏切られない。誰にも捨てられない。今度は、私が裏切ってやる番。私が捨てる側。ジェラールを傀儡とし、この国の母となる。
アルに捨てられて、私は決心した。もっともっと上を目指してやると。だから、これは通過点。喜ぶにはまだ早い。
私は観客席の民衆達に、最高の笑顔で手を振る。……練習した甲斐あって、反応は上々だ。
そして、本命のジェラールに向けて熱い視線を送る。ジェラールは頬を赤く染め、少し視線を逸らした。
まずはこんなものか。……けれど、必ずあなたを手に入れてみせる。そして、裸の王様にして捨ててやるわ。
私は民にとっての光になる。この国を照らす光。それがこの世界に生を受けた私の運命。成り上がってみせる。
そしてその日。私はルーンナイト第六席ロッテ・ルーインズとなった。