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黄金のヴァンブレイス  作者: 岡村 としあき
第一部 第三章 『ヴィーグ動乱』
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三十話 イツカソノヒマデ

「待て、ワシと手を組もう! こんな国はいずれシャナールに攻め込まれて滅びる。一緒にシャナールで貴族になろう! 欲しいものをやるから、な? そうだ、お前の女。あんな女よりもっといい女を抱かせてやる!」


 必死に僕の機嫌を取ろうとキタナイ笑顔で、僕を覗き込む。


「……」


「考えてくれたか?」


「ああ」


「そうか! そうか! お前は見所があるぞ、ワシの部下として、お前を――」


 ガイザーの首を両手でつかんで、幼子をあやすようにたかいたかいをする。


「はひ!?」


「僕の答えはこれだ」


 より一層恐怖で顔を引きつらせ、ガイザーは黄色い何かでズボンを汚した。僕はガイザーを地面に放り投げる。


「げふ、待て、ワシはルーンナイトだぞ!? 第七席だぞ!? ワシを殺したら――」


「関係ない」


 意識を集中する。終わり無き苦痛と、凄惨な最後をイメージして、ルーンを唱える。僕の右手に黒い霧が立ち上る。それは僕の意思なのか願望なのか……。


「お前は殺さない」


 恐怖で歪んだ顔をガイザーは、一瞬ほっとして安堵の笑みを浮かべた。


「お前をカリンの所へは行かせない」


 そしてすぐに疑問符で一杯の戸惑いの笑みを浮かべる。


「死すらもぬるい。輪廻の輪から外れて、永遠を彷徨え」


 闇をガイザーに向ける。ガイザーは必死にそれを払おうとするが、ムダな事。魂を引きずり出すと、僕は躊躇いも無くそれを握りつぶした。


 これで……よかったのか……。僕は……。


 すごく悲しいはずなのに……涙が出ない。カリンの亡骸を前にしてただ立ち尽くしていた……。


 数日後。


 僕はヴィーグの郊外にある墓地へと足を運び、アルバーブ家の墓前で立ち尽くしていた。


 ガイザーを失ったことで、ヴィーグは大混乱に陥っていた。領主が、それもルーンナイトが突然、死んでしまったのだから、当然か。僕とルヴェルドは領主館に不法侵入した事を咎められかけたが、オルビアの計らいで不問となった。


 というよりも、ガイザーの件で僕らに構っている暇はないのだろう。ルヴェルドがガイザーに関する不正をすべてオルビアに伝え、オルビアはそれを国に報告した。


 表向きには、ガイザーは謎の病死という事になっているらしい。闇のルーンで魂を壊した事は、誰にも気付かれていない。だが……。


「アルちゃんよ。お前……あいつに何をした?」


 ルヴェルドは僕を疑っていた。


「……言えません。ただ、あいつを……許せなかった……だけです」


「……表向きの話。ガイザーは病死だけどよ。……はっきり言って、お前さん。狙われるぜ」


「他のルーンナイトにですか?」


「ああ。ルーンで心臓を止めたりとか、そんな技術を持った暗殺者ならいくらでもいるからな。その場に居合わせたアルちゃんが疑われるのは時間の問題だわ。これからどうするのよ?」


「僕が……ルーンナイトを殺したという事実があるなら。僕はルーンナイトと同等かそれ以上の力を持ってることに……なりますよね?」


「だな」


「だったら、ルーンナイトかそれと同等以上の力を持った奴が僕の前に現れる」


「かもな」


「暗殺者も……そうでしょ?」


「お前……」


「もう、鬼ごっこはやめにします。追いかけて捕まらないなら、向こうから来てもらいますよ」


「自分をエサにしようってか。面白れえ。アルちゃんにくっついてけば、いずれ黄金のなんたらに出くわす日が来るか! 良いね、お前に付いてくぜ」


 そうだ。先の見えない鬼ごっこは終わりだ。僕を殺しに来い、黄金のヴァンブレイス。その時が……最後だ。


「アルちゃん」


「アルお兄ちゃんっ」


 振り返ると、師匠と手をつないだリトがいた。


「リト……」


 リトは……僕よりも辛いはずだった。伯父夫婦と姉の様に慕っていたカリンを失くして……それでも、懸命に墓の前に立っている。僕なんかよりも強い子だ。


 リトは、肉親と呼べる人間を全て失った。これから彼女をどうすべきなのか。師匠と話し合って……決めた。


「リトは……村に帰るかい? もし、そうなら送って行くよ。それとも……一緒に来るかい?」


 カリンに頼まれた。というのもあった。でも、それ以上にリトを放っておくことはできない。この子は僕と同じだ。黄金のヴァンブレイスに肉親を殺され、一人孤独を彷徨っている。


 師匠の様に……誰かが手を差し伸べてあげないと……。


「一緒に……いいの?」


「リトが……そうしたいなら」


 あの日、僕にそうしてくれたように、僕もリトをそっと抱きしめた。


「少年。ここにいたのか」


「オルビア?」


「実は、ずっと君を探していた。……頼みがあるんだ」


 オルビアは遠い目をして、空を見上げ、一呼吸置くと僕を見る。その目には何の迷いもなく、決意の光が宿っていた。


「自分も共に歩ませてくれないか? 君の道を」


「え?」


「黄金のヴァンブレイス……ガイザー様が……いや、ガイザーが奴に依頼して自分の両親を殺させたと言っていた……少年の目的も同じなら、自分も……やはり、自分の様な女は、迷惑……か?」


「別に迷惑ってわけじゃないけど……オルビアは騎士でしょ? そっちはどうするの?」


「ああ、それならやめてきた」


 あっけらかんとした表情でオルビアは爽やかに笑った。


「ええ?」


「主を信じることはもう、やめた。これからは自分を信じる。この筋肉をな」


 オルビアは豊満な胸を張り、ぽんとそれを叩くと、波打った。ルヴェルドがそれを見て、よだれを垂らす。


「ま、まあ、いいけど……。えらく大所帯になったな……」


「けどよ、アルちゃん。これからどうすんだ?」


 ルヴェルドの問いに僕は答える。


「旧エイドス領……僕の生まれた故郷に、一度帰ろうかなって思ってます」


「ん、旧エイドス領……って今は」


 代わりにオルビアが答える。


「現ドルベン領……ガイザーの領地でもあった所だが……」


「シャナールに程近いあの土地なら……黄金のヴァンブレイスの事も何か解るかもしれない。それに、あそこの土地の事は知り尽くしているから、奴と戦うときは地の利を活かせる」 


「戻るのね、アルちゃん……」


「ええ。もう、覚悟はできてますから。行きましょう」


 僕らはこうして繋がった。黄金のヴァンブレイスという共通の敵を持つことによって。


 4人が先を歩き、僕はふと墓地を振り返る。


 カリンの事は……一生忘れる事はないだろう。僕は……それでも行かなきゃならない。進まなきゃならない。僕は影。誰の光もいらない。けれど。


 僕は全てが終わったら……どうする? 解らない。けれど、一つ決めた事がある。それを、約束を口にする。


「カリン……全部が終わったら……戻ってくるよ。だから、それまで待っていて。もし僕が死んでしまったとしても天国(そっち)できっと会えるから……だから、それまで」


 さようなら。

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