三十話 イツカソノヒマデ
「待て、ワシと手を組もう! こんな国はいずれシャナールに攻め込まれて滅びる。一緒にシャナールで貴族になろう! 欲しいものをやるから、な? そうだ、お前の女。あんな女よりもっといい女を抱かせてやる!」
必死に僕の機嫌を取ろうとキタナイ笑顔で、僕を覗き込む。
「……」
「考えてくれたか?」
「ああ」
「そうか! そうか! お前は見所があるぞ、ワシの部下として、お前を――」
ガイザーの首を両手でつかんで、幼子をあやすようにたかいたかいをする。
「はひ!?」
「僕の答えはこれだ」
より一層恐怖で顔を引きつらせ、ガイザーは黄色い何かでズボンを汚した。僕はガイザーを地面に放り投げる。
「げふ、待て、ワシはルーンナイトだぞ!? 第七席だぞ!? ワシを殺したら――」
「関係ない」
意識を集中する。終わり無き苦痛と、凄惨な最後をイメージして、ルーンを唱える。僕の右手に黒い霧が立ち上る。それは僕の意思なのか願望なのか……。
「お前は殺さない」
恐怖で歪んだ顔をガイザーは、一瞬ほっとして安堵の笑みを浮かべた。
「お前をカリンの所へは行かせない」
そしてすぐに疑問符で一杯の戸惑いの笑みを浮かべる。
「死すらもぬるい。輪廻の輪から外れて、永遠を彷徨え」
闇をガイザーに向ける。ガイザーは必死にそれを払おうとするが、ムダな事。魂を引きずり出すと、僕は躊躇いも無くそれを握りつぶした。
これで……よかったのか……。僕は……。
すごく悲しいはずなのに……涙が出ない。カリンの亡骸を前にしてただ立ち尽くしていた……。
数日後。
僕はヴィーグの郊外にある墓地へと足を運び、アルバーブ家の墓前で立ち尽くしていた。
ガイザーを失ったことで、ヴィーグは大混乱に陥っていた。領主が、それもルーンナイトが突然、死んでしまったのだから、当然か。僕とルヴェルドは領主館に不法侵入した事を咎められかけたが、オルビアの計らいで不問となった。
というよりも、ガイザーの件で僕らに構っている暇はないのだろう。ルヴェルドがガイザーに関する不正をすべてオルビアに伝え、オルビアはそれを国に報告した。
表向きには、ガイザーは謎の病死という事になっているらしい。闇のルーンで魂を壊した事は、誰にも気付かれていない。だが……。
「アルちゃんよ。お前……あいつに何をした?」
ルヴェルドは僕を疑っていた。
「……言えません。ただ、あいつを……許せなかった……だけです」
「……表向きの話。ガイザーは病死だけどよ。……はっきり言って、お前さん。狙われるぜ」
「他のルーンナイトにですか?」
「ああ。ルーンで心臓を止めたりとか、そんな技術を持った暗殺者ならいくらでもいるからな。その場に居合わせたアルちゃんが疑われるのは時間の問題だわ。これからどうするのよ?」
「僕が……ルーンナイトを殺したという事実があるなら。僕はルーンナイトと同等かそれ以上の力を持ってることに……なりますよね?」
「だな」
「だったら、ルーンナイトかそれと同等以上の力を持った奴が僕の前に現れる」
「かもな」
「暗殺者も……そうでしょ?」
「お前……」
「もう、鬼ごっこはやめにします。追いかけて捕まらないなら、向こうから来てもらいますよ」
「自分をエサにしようってか。面白れえ。アルちゃんにくっついてけば、いずれ黄金のなんたらに出くわす日が来るか! 良いね、お前に付いてくぜ」
そうだ。先の見えない鬼ごっこは終わりだ。僕を殺しに来い、黄金のヴァンブレイス。その時が……最後だ。
「アルちゃん」
「アルお兄ちゃんっ」
振り返ると、師匠と手をつないだリトがいた。
「リト……」
リトは……僕よりも辛いはずだった。伯父夫婦と姉の様に慕っていたカリンを失くして……それでも、懸命に墓の前に立っている。僕なんかよりも強い子だ。
リトは、肉親と呼べる人間を全て失った。これから彼女をどうすべきなのか。師匠と話し合って……決めた。
「リトは……村に帰るかい? もし、そうなら送って行くよ。それとも……一緒に来るかい?」
カリンに頼まれた。というのもあった。でも、それ以上にリトを放っておくことはできない。この子は僕と同じだ。黄金のヴァンブレイスに肉親を殺され、一人孤独を彷徨っている。
師匠の様に……誰かが手を差し伸べてあげないと……。
「一緒に……いいの?」
「リトが……そうしたいなら」
あの日、僕にそうしてくれたように、僕もリトをそっと抱きしめた。
「少年。ここにいたのか」
「オルビア?」
「実は、ずっと君を探していた。……頼みがあるんだ」
オルビアは遠い目をして、空を見上げ、一呼吸置くと僕を見る。その目には何の迷いもなく、決意の光が宿っていた。
「自分も共に歩ませてくれないか? 君の道を」
「え?」
「黄金のヴァンブレイス……ガイザー様が……いや、ガイザーが奴に依頼して自分の両親を殺させたと言っていた……少年の目的も同じなら、自分も……やはり、自分の様な女は、迷惑……か?」
「別に迷惑ってわけじゃないけど……オルビアは騎士でしょ? そっちはどうするの?」
「ああ、それならやめてきた」
あっけらかんとした表情でオルビアは爽やかに笑った。
「ええ?」
「主を信じることはもう、やめた。これからは自分を信じる。この筋肉をな」
オルビアは豊満な胸を張り、ぽんとそれを叩くと、波打った。ルヴェルドがそれを見て、よだれを垂らす。
「ま、まあ、いいけど……。えらく大所帯になったな……」
「けどよ、アルちゃん。これからどうすんだ?」
ルヴェルドの問いに僕は答える。
「旧エイドス領……僕の生まれた故郷に、一度帰ろうかなって思ってます」
「ん、旧エイドス領……って今は」
代わりにオルビアが答える。
「現ドルベン領……ガイザーの領地でもあった所だが……」
「シャナールに程近いあの土地なら……黄金のヴァンブレイスの事も何か解るかもしれない。それに、あそこの土地の事は知り尽くしているから、奴と戦うときは地の利を活かせる」
「戻るのね、アルちゃん……」
「ええ。もう、覚悟はできてますから。行きましょう」
僕らはこうして繋がった。黄金のヴァンブレイスという共通の敵を持つことによって。
4人が先を歩き、僕はふと墓地を振り返る。
カリンの事は……一生忘れる事はないだろう。僕は……それでも行かなきゃならない。進まなきゃならない。僕は影。誰の光もいらない。けれど。
僕は全てが終わったら……どうする? 解らない。けれど、一つ決めた事がある。それを、約束を口にする。
「カリン……全部が終わったら……戻ってくるよ。だから、それまで待っていて。もし僕が死んでしまったとしても天国できっと会えるから……だから、それまで」
さようなら。