三話 ルーンナイト
意識を集中する。燃え盛る火をイメージして、ルーンを唱える。右の手の平にボウっとサッカーボールくらいの大きさの火が宿った。
「やばい、やりすぎたっ」
慌てて火を消そうとするが、どうすればいいかわからない。
「アル、でかけるよー」
意識を集中しすぎたせいか、近くにレイナ姉さんが近づいていた事に気が付かなかったらしい。
僕は、手の平にくっ付いたままの火炎球を後ろでに隠し、振り返る。
「今日は家族で隣の町にお出かけするって言ったでしょ? 早く準備しないと置いてくよー」
「う、うん。待ってて!」
「みんな待ってるから早く……キャア!?」
レイナ姉さんが後ろを指差して、金切り声をあげる。そういえば、なんだか背中がやけに熱い。
「アル、すぐに離れて、お家が火事になっちゃう!」
「え!?」
振り返って後ろを見ると、屋敷が赤く燃えており、そこから黒い煙がもくもくと立ち上っていた。どうやら、僕の唱えた火のルーンが屋敷の壁を燃やしてしまったらしい。
レイナ姉さんが水のルーンを唱えて、屋敷の壁に放つ。瞬く間に鎮火し、住む所を失わずに済んだ。
「何だ、一体どうした?」
威厳のある低い声。振り返れば、長身の中年男性……ウォルフ・エイドス。僕らの父がそこにいた。
「父様。急に壁が燃えて……アル、大丈夫?」
「うん……その、僕……」
僕の背中を嫌な汗が流れる。父、ウォルフは普段は優しいが、起るとヤバイ。普通に拳が飛んでくるのだ。過去に何度かいいモノを僕はもらっている。
「アルフレッド……お前、火のルーンを使ったな?」
ぎくりと背筋を伸ばして、僕は生唾を飲み込んだ。どうやら、お見通しらしい。
「え、でもアルは5歳ですよ? 私なんか、11歳の時に覚えたのに」
「どうだ? 違うのかアルフレッド?」
射抜くような視線。僕は耐え切れず、頭を下げて正直に認めた。
「このバカ者がっ!」
今日は拳ではなく、尻を20回も叩かれた。おまけに家族で出かけるはずだった予定もキャンセルな上に、僕だけ晩御飯抜きというトリプルパンチだ。
まあ、屋敷の壁を焼いたのだから当然か。
「それにしても」
ロウソクの灯りで照らされた室内で、僕はベッドに体育座りして、膝の上にアゴを乗せ呟いた。
「ルーンってもっと大人になってから覚えるものなのかな」
「そうだよ」
ドアを開けて、レイナ姉さんが木のトレイに載せた食事を運んできてくれた。
「お腹空いたでしょ、アル?」
返事の前にぐ~とお腹が鳴ってレイナ姉さんは噴出した。ベッドの上に置いて、『内緒だからね』と言って人差し指を唇の前に立てる。
パンと、きのこのスープだけの地味な夕食であったが、昼から8時間も何も食べていない胃袋にはそれを拒む理由は無い。僕は一心不乱にパンをかじり、スープをすする。
「ルーンはね、もっと大きくなってから覚えるものなの。アルにはちょっと早すぎたかな」
そういってレイナ姉さんは、僕の口の周りについたきのこの欠片を指ですくい、ペロッとなめる。
「でも、アルにはルーンの才能があるわね。フィーナ姉さんも、セレーナも父様に一ヶ月教わって、マッチくらいの火が出せたくらいなのに。アルはお家の壁燃やしちゃうんだもん」
フフっと笑って僕の額を小突く。そして同時にこう言った。
「アルなら『ルーンナイト』になれるかもしれないね。ううん、きっとなれるなれる!」
「るーんないと?」
「そう、ルーンナイト。このエルドア王国に7人しかいない王様の盾にして、国の誉れ。最高の剣術とルーンの技術を持った騎士の事よ。エイドス家からも何人かルーンナイトを輩出しているわ。私達のお爺様もそうだったのよ」
「僕が、ルーンナイトに?」
「なれるよ、レイナお姉ちゃんが保障してあげるっ」
そういえば。近所の子供達が木の棒やらを持って、るーんないとごっこをしていたような気がする。憧れなのだ。少年達にとってルーンナイトは。
僕は本ばかり読んでいたし、子供の様に遊びまわるのは気が引けたので、同年代の友人というのもいない。だから、ルーンナイトに関してはまったく知識がなかった。
「父様、こっそり褒めてたよ。さすが『俺の息子だ』って」
「父様が?」
「うん。それに今日はお出かけできなかったけど、来週はお出かけできるみたい。よかったね、アル。欲しいものいっぱい買ってもらえるといいね」
レイナ姉さんは僕の頭をわしゃわしゃとなで、空になった食器をトレイに乗せると、僕のおでこにそっとキスをした。
「おやすみ、アル」
ドアをそっと閉める音と、おでこに残ったレイナ姉さんの唇の感触。その二つの5感すら置き去りにして僕の思考は一つの結論へと導かれていた。
前世で力が無かった僕は家族を守れなかった。けれど今は違う、僕には才能があってそれを活かせる場所があるし、目指すべき目標がある。
ルーンナイトになろう。家族を守るために。
僕は灯りを消し、ベッドに潜り込むとそう決心し、目を閉じた。