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黄金のヴァンブレイス  作者: 岡村 としあき
第一部 第三章 『ヴィーグ動乱』
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二十九話 イカリノホコサキ

「どうした? もっとヤれよ。入場料代わりに見せてくれや、ワシの目の前でその小娘の痴態をよぉ」


 ハゲた頭が激しく動いて笑い出す。僕はカリンを背中に隠し、ガイザーを突破できないか、方法を頭の中に巡らせた。


「あぁん? 早くヤれよ。ガキにゃ早かったか? なんならワシがお手本見せてやるぞぉ」


 一歩踏み出したガイザー。しかし、すぐにその足を止める。


「お前は相変わらずハゲ散らかしてんな、ガイザー」


 階段から現れたルヴェルドがガイザーの後頭部に風のボウガンを突きつけて立っていた。


「……やはり、ルヴェルドだったか……まさか生きてやがるとは、あの時素直に殺されとけばよかったものを」


「残念、いいオトコは不死身なのよ」


 ガイザーはルヴェルドの方に目を向けて、歪んだ笑みを浮かべる。


「っと、動くなよ。脳ミソぶちまけたかったら、振り向いても構わないけどな。おい、黄金のなんたらはどこ行きやがった?」


「あいつなら、もうここにはおらんよ。別の仕事があるらしいからな、闇の世界じゃ中々売れっ子みたいだぜ? かなり扱い辛い奴だけどよ」


「そうか、そいつは残念だが、今は助かるな。お前の不正もろもろ、告発させてもらうぜ? ちゃーんとブツは抑えてんだ」


「ハハハハハハハ! やってみろよぉ? もっともそれができるのは生きてここを出れればの話だけどなあ」


 ガイザーは、なお笑いが止まらない様子でより一層顔を醜く歪ませた。


「オルビア! 連れて来い」


「は」


 ルヴェルドの背後から、オルビアが現れ、その傍らには両手を縄で拘束された師匠とリトがいた。


「お前らはアホだなぁ? ワシはルーンナイトにして、ヴィーグの領主だぞ。猿程度の知恵で動き回った所で、ワシを出し抜けるわけがねえだろう!」


「ごめんなさい、アルちゃん……宿の……他のお客さんを盾にされて……」


「……関係ない人まで巻き込んだのか……お前は!?」


「これがガイザーなんだよ。アルちゃん……ここまで腐ってるのは俺も予想外だったけどな」


 ガイザーは一際甲高く笑い、ボウガンを突きつけていたルヴェルドを殴り飛ばした。


「おおっとぉ、動くなよ。すぐにお前らを殺してやりたいところだが、ただ殺すだけじゃつまらねえからなあ」


 そう言って、ガイザーは縛られている師匠の前まで行き顔を近づけた。


「いい女じゃねえか……。殺すにゃあ惜しいなあ。後で楽しませてもらうとするか。先に――」


 今度はこちらに振り向き、その巨体を一歩。また一歩とゆっくりと近づけてくる。


「こっちをいただくとするかな」


 ガイザーの視線の先……僕の背中には、震えるカリンがいる。


「どけ、クソガキ!」


 右の手の甲で払いのけられ、僕は鉄格子に叩きつけられた。


「嫌! 離してよ!」


 カリンは懸命にガイザーから逃れようとするが、ガイザーに頬を打たれ、そのまま押し倒される。


「やめろ……!」


「よ~く見とけよ、クソガキ。お前の女が目の前で汚されるのを、その後でお前もたっぷりかわいがって殺してやるからなぁヒャハハハ! いや、お前も一緒にやるかぁ? 大人の階段昇っちゃうかぁ?」


「お……めく…い」


 小さな声で……オルビアが震えていた。拳を握り、視線を下に落とし、わなわなと震えている。ずっと耐えてきたのだろうか。もしかしたら……これまでにも同じような事があったのかもしれない。


「お止め、ください!」


 今度は大きな声で、前を向いて、ガイザーを見て、力強く叫んだ。


 ガイザーは立ち上がり、憤怒そのものとも言える顔でオルビアに詰め寄り、オルビアの黒く長い髪をつかむ。


「何か、言ったか?」


「お止めください! 自分はもう……耐えられません……」


 怒りか、悔しさか、髪をつかまれた痛みか、オルビアの瞳に大粒の涙が溢れかえる。


「お前もやはり、父親によく似てるなぁ。母親に似てるのは外見だけか。孤児になったお前を引き取って、これまで育ててやってきたというのに。バカが!」


 髪をつかんだまま、ガイザーはオルビアの頬を打つ。


「お前の母親はいい女だったぞ。ワシはずっと惚れていた。だが、お前の父親がワシから奪い去った! 親友だと思っていた男に裏切られたこの気分はどうだ!? おまけに、ワシがなるはずだったルーンナイトにまで上り詰めようとして……」


 ガイザーは怒りに震えながら……顔を真っ赤にして叫び狂った。


「だからなぁ、あいつに頼んで……事故に見せかけ始末してもらったのよ。黄金のヴァンブレイスに……なあ!」


 オルビアは呆気にとられた表情のまま、固まって動かない。


「本当は、ワシが殺したも同然なのよ! お前は母親によく似ているからなぁ。将来に期待して育ててやってきたんだが……がっかりだよ!! お前も両親の所へ送ってやるわ!」


 オルビアの大きく見開いた瞳から、涙が数的零れた。僕が記憶しているのはそこまでだった。


 意識を集中する。草原を走る疾風をイメージして、風のルーンを唱える。靴底に風を収束。音を置き去りにして疾駆する。


 メキョっというコミカルな音がして、ガイザーの顔に僕の拳がめり込む。


「……もう、いいだろう。もう……」


 よろめきながら立ち上がったガイザーに、僕は一歩踏み出す。


「勉強になったよ。人間って奴はここまで腐ることが出来るんだな。お前は許さない……絶対に」


「こ、このガキ。ワシの顔に……ルーンナイトの顔に! このガイザー・ドルベンに膝を付けさせるとは……殺してやるぞ」


「ルヴェルドさん。師匠達を連れてここから離れてください。できれば、遠くに」


「アルちゃん。おい、一人でやるっていうのか!?」


「お願いします。……僕はもう、抑えられない」


「……解ってるだろうな?」


「解ってます。僕は……僕ですから」


「お前を……信じるぜ」


 呆然としたままのオルビアとカリンを連れて、ルヴェルド達は階段の先へと姿を消した。


 これで……気兼ねせずに戦える。


「来いよ、ゆでだこ。僕が遊んでやる」


 その言葉で、ガイザーは顔を真っ赤にして突撃してきた。ガイザーが牢屋の前に立てかけていた槍を手に取り、突きの嵐を繰り出す。


「お前は串刺しだ、その後こんがり焼いてやるぞガキぃぃぃぃぃぃ!」


 剣を抜き、間合いを取る。カリンが捕らえられていた牢屋の入り口でその時を待つ。


「逃げるんじゃねぇ、このブタがあ!!」


 僕に向かってくるブタゴリラ。タイミングを計って奴の股の下をスライディングですり抜ける。予想通り、そのまま牢屋に突っ込んでくれたので、鍵をして閉じ込めた。


「ブタはお前だろ。そこで調理されるまで大人しくしてろ」


 ガイザーはなお、顔を真っ赤にして鉄格子をガンゴン叩く。やがて、諦めたのかと思ったら、ルーンを唱え、アメ細工の様に鉄格子を溶かし脱出してきた。


「どこまでもコケにしやがって……灰も残さず焼いてやるわ」


 ガイザーがルーンを唱える。右手に自転車の前輪ほどの炎を宿し、左手に小型の台風を宿す。――二重詠唱か。


「燃え死ね! ガキぃ!!」


 放たれた炎の嵐。僕は息を整え、前を見据える。


 意識を集中する。荒れ狂う大海をイメージして、水のルーンを唱える。右手に力強い水流を宿す。

 

 意識を集中する。吹き荒ぶ風をイメージして、風のルーンを唱える。左手に暴れまわる小さな台風を宿す。


 両手を前に出し、炎の嵐に突き出す。炎の嵐は瞬く間に消し飛び、津波がガイザーを飲み込み、壁に叩きつけた。


「おい、ルーンナイトってのはガキの遊びなのか? 焼け死ぬんじゃなかったのか、僕は? やってみせろよ」


 口から水を吐いたタコは、さっきまでの威勢はどこへやら、まるで子供の様に身をすくませ、四つん這いになって逃げようとした。


「どこいくんだよ」


 ガイザーのマントを踏みつけ、面白いように前のめりにずっこけた。


「な、何なんだ、お前は……ワシのルーンをかき消すほどの力……ワシは……『聞いてない』ぞ!?」


「お前が僕の何を知っていようが関係ない。お前は罰を受けろ。殺さない。生きて地獄を味わえ」


「アルくん、待って! その人に聞きたいことがあるの!」


「カリン!?」


 一瞬振り向いた。それが大きな過ちだった。


 ガイザーの放った風のルーン。風の刃が僕に迫っていた。間に合わない――防御も、回避も……。


 青い髪がなびいて、ふわりと甘い香りが僕の鼻腔を突き抜けた。あの夜と同じ匂い。気が付くと目の前にカリンがいて……カリンが……。


 風に貫かれて、前に倒れた。しかし、その風はカリンを貫いたのに飽き足らず、僕をも貫こうとした。


 覚悟した。もう、ダメかなって。でも、カリンと一緒なら……それもいいかなと思った。


 ごめん姉さん。仇……とれなかったよ。そっちに行ったら、また四人で暮らせるかな? また、パンケーキ焼いてくれる? セレーナ姉さんに全部取られちゃう前に僕の分、隠しといてね。


 ……頭の中で考えた。けれど、その時は未だやってこない。僕はおそるおそる目を開けた。


「あ……」


 僕の体には硬い石が膜のように張り付いていて……無傷だった。


「よかった……私のクレスト。ちゃんとアルくんを守ってくれたね」


 カリンが口から血を零し、笑顔のまま涙を浮かべて僕の頬をなでてくれた。


「カリン……しゃべらないで。すぐに手当てをするから……!」


「ごめんね、約束守れないかも……アルくんと……一緒に歩きたかったなぁ……アルくんのお給料で……色々おごらせちゃおうって計画してたのに……」


「何が欲しいの? 買ってあげるから!」


「ごめんね……リトの事……お願い……あの子、よく食べるから……ごめん……ね」


 カリンの顔は安らかだった。僕の顔は……どんなだろうか?


「へ、へへへへ。いい気味だ。へへへへへ!」


「黙れよ」


 僕は……津波を起こした時に出来た地面の水溜りに顔を映してみた。


「あ、ぁぁぁぁぁぁ、く、来るな、悪魔!」


 そうか、悪魔なのか。僕は。それでいい。だって僕は……影だから。影に光はいらない。手を伸ばした結果がこれだ。僕は間違っていた。


「ガイザー……お前は……死ね」

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