二十八話 ガイザー・ドルベン
ガイザーはこの街の中央に建つ館。領主館で執務と寝食をこなす。僕とルヴェルドはリトを師匠に任せ、領主館へと向かって歩いていた。
リトは偶然外出していて難を逃れたのだ。ガイザーの狙いがアルバーブ家の人間と僕なら、リトの命も危ない。もしかしたら、黄金のヴァンブレイスがまた来るかもしれない。しかし、リトを連れて行くわけにも行かなかったので、師匠と一緒にルヴェルドが泊まっていた宿に隠れてもらうことになった。
「ガイザーは欲深く、嫉妬深い最低クズヤロウだ。今までにも何人かルーンナイト候補に手をかけてきた。ライバルとなりうる者を闇討ちしたり、弱みを握って選定会を辞退させたりとか、な」
夕暮れの街の中、中央広場に続く道で隣を歩いていたルヴェルドが口を開いた。
「あいつは、自分の保身のためなら何でもやる。黄金のなんたらを使っているのもそうだ。何でも利用しやがる」
傾いた日の光がルヴェルドの顔を照らし、僕は目を細める。もちろん、目を細めたのは光のせいだけではない。それを感じ取ったのか、ルヴェルドが太目の釘を僕に刺す。
「抑えろよ。アルちゃん。仲間を持つことと復讐の両方を願うなら、負の感情だけで戦うな」
「もっと周りを頼れ、でしょ? 覚えてますよ、いいオトコのアドバイス」
目的地にたどり着いて、僕はルヴェルドより先に前に出て背中越しに続けた。
「頼らせてもらいますよ、ルヴェルドさん」
門の前で、警備の兵に止められ僕はルヴェルドを見た。
「ガイザー様は今お忙しい。誰も通すなと申し付けられている。用があるなら、明日にしてもらおうか」
僕は振り向いて小声で『どうするんです?』とルヴェルドに尋ねた。
ルヴェルドは『頭を使うんだよ』と言って僕にウィンクする。警備兵の前まで歩いて、空を見上げるルヴェルド。何か策があるのだろうか?
途端、ゴン! と鈍い音がして警備兵が地面にのびていた。どうやら頭突きで気絶させたらしい。
「頭って……それですか」
「そ。いいオトコの頭は108の使い道があるのよ」
たぶん、108種類の頭突きがあるとかいうオチなんだろうけど。
「空中からのいいオトコヘッドドロップ。地中からのいいオトコライジングサン。フ……かっこいいだろう」
案の定だ。しかも、地中から飛び出す技まであるとは、いいオトコはいつも期待を裏切らない。
「でも、どうするんですこの人? ここに置いておいたらばれちゃいますよ?」
「それも考えてあるさ」
ルヴェルドは領主館の庭にある茂みまで男を引きずると、男の服を脱がし、自分のズボンをずり下ろした。
「って、何考えてんですあんたは!?」
やっぱりこの人、そっち系なんだ。僕はこんな人を義理の兄に持たなくてよかったと心底思った。
「違うって! ちょっと服と兜を拝借するのよ。俺が変装して、アルちゃんを捕まえたフリして歩けば、警戒されないでしょ?」
「それ本当でしょうね?」
半裸になった警備兵を前に、ズボンを脱いで下半身をあらわにした状態でそう言われても、説得力が無い。
ルヴェルドは警備兵から脱がした服に着替えると、兜を装着し変装を完了させた。
「ん? ちょっとこの服臭うな……」
「大丈夫ですよ、もともとルヴェルドさんも臭ってますから」
「そっか、それじゃ大丈夫だな」
「大丈夫です」
妙に納得したルヴェルドは、僕を伴い館の中へと足を踏み入れた。踏み入れてすぐ他の警備兵がやってきて、僕らを不審な目で見つめる。
「おい、なんだその子は? なんかやらかしたのか?」
ルヴェルドは少々、上ずった声で目を逸らして言った。
「あ、ああ。ちょっとおいたをしたもんだからな。少し牢屋に入れて、反省させてやろうと思ってよ」
「ほう……そうか、地下牢を使うなら、ここに罪名と被害者名を記入してくれ」
ルヴェルドの顔から嫌な汗が出た。どうやら、そこまで頭が回っていなかったらしい。……大丈夫だろうか? また頭突きが飛び出しそうな予感がする。
記入用紙を警備兵から手渡され、ルヴェルドはしばし熟考したあと、サラサラと何やら書き出す。
「これで、いいかい?」
「ん、ああ。え!?」
警備兵は目を丸くして、記入用紙と僕の顔を交互に見比べる。一体何なんだ?
僕は身を乗り出して、記入用紙を覗き込んだ。
罪名:窃盗 被害者:ルヴェルド・ジーン 男性:26歳 被害物品:男性用下着6枚
「……」
言葉が出なかった。こともあろうに僕はルヴェルドの下着を盗んだ泥棒にされてしまっている。しかも、6枚も。……覚えてろよ、いいオトコ。
「お、そうそう。ほら、あの青い髪のかわいい女の子。どこだっけ? 確か、昼間くらいにここに誰かが連れて来たと思うんだが」
「ああ、あの子なら地下牢に閉じ込めてあるじゃないか。ガイザー様もまったく、何を考えておられるんだか……まさか、ああいう趣味なのかねえ。っと、絶対ガイザー様に言うなよ」
「言わねーよ。俺とお前の仲じゃんか」
警備兵から牢屋の鍵を受け取り、ルヴェルドと僕はその場を後にし地下牢へと向かう。その途中の廊下で、ふいにルヴェルドが立ち止まった。
「さてっと、こっから先はアルちゃん一人で行けるだろ? 俺はこの辺で失礼するぜ。なんとかガイザーの尻尾をつかんでくるからよ」
「解りました。カリンを見つけた後、僕もすぐに合流します」
「いやいや、先にカリンちゃんを連れて俺の宿に行ってろ。俺一人でなんとかするからよ。もし、一時間経って俺が宿に帰ってこなかったら……すぐにヴィーグから出ろよ」
「……はい」
「そんな悲しい顔すんなよ。それ、下着泥棒のする顔じゃないぜ?」
「絶対帰ってきてくださいよ、2,3発殴りたいんで」
「おーこわ。いいオトコは顔が命。手加減頼むわ」
ルヴェルドは僕に牢屋の鍵を手渡し、悠然とその場を去っていった。今までのバカなやりとりは、ルヴェルドなりに気を遣ってくれていたのだろうか? 買い被りかもしれないが。
とにかく僕は、カリンの捕らえられている地下牢へと続く階段に足を踏み入れた。湿った空気とカビ臭いにおいが僕を包み込む。ロウソクの火で頼りなく照らされたせまい室内には、合計6つの牢屋があった。
「アル、くん?」
声のした方に目をやる。一番奥の牢……うずくまるように丸まっていた影がむくりと起き上がり、鉄でできた格子の前までやってきた。
「カリン……よかった。無事だったんだね、ちょっと離れて、今、開けるから」
鍵を開けて、カリンをそこから連れ出す。扉を開けると同時、カリンの暖かな感触を感じて僕は戸惑った。
「アルくん……お父さんが……お母さ……んが……私……」
せまい地下の壁に重なる二つの影。しばらく、このままでいたかったが、悪魔の声が僕らを引き裂いた。
「最近のガキはけしからんなぁ。人の家に無断で入り込んだ挙句、女とヤっちまうなんてなぁ……親の顔を見てみたいわぁ……いや、もう死んでるだったか? アルフレッド・エイドス?」
卑猥な笑い声。声の主の姿は階段の前にあった。こいつ、僕の名前を……。
「ガイザー……」