二十七話 ボクジャナイボク
ガイザーを殺す。
僕はそう決意を固めて立ち上がると、リビングを出た。しかし、急に誰かに肩をつかまれ、壁に叩きつけられる。
「何ですか、ルヴェルドさん」
ルヴェルドが僕の両肩をがっしりとつかみ、鋭い目で僕を見据えていた。
「どこに行くつもりだ」
目を逸らし、返事を返す。相手をするのも面倒くさい。
「ちょっと……散歩ですよ」
「気持ちイイくらい殺気振り巻きやがって……ずいぶん物騒な散歩だな、おい? 少し頭冷やしてから行きな」
「カリンが……さらわれて……ガイザーに捕まっているんです! 早く行って助けてあげないと!」
「だから頭冷やせって言ってんだよ、このバカ野郎が!」
その怒気と、ルヴェルドの今まで見せた事のない真剣な表情に、僕は気圧され、踏み出そうとしていた足を止めた。
「アルちゃんよ。大人ってのは、ズルくて汚い生き物なんだよ。カリンちゃんだけ殺さずにさらったのは何でだと思う? 子供だからか? あいつはそんな慈悲深い奴じゃねえ、考えろ」
「それは……」
「……エサなんだよ。ガイザーはこの一週間、ここに出入りしてるお前も怪しいと睨んでるんだろう。奴の……裏でやってるセコイ事は俺のほうでもネタはつかんでる。そこの扉の奥は……この臭いで想像がつく」
ルヴェルドはリビングの扉を見て、目を細めた。
「リトたんは今、セインちゃんに見てもらってる。扉の向こうは絶対に見せない方が良い」
「……はい」
父を失ったばかりのリトに……この惨状を見せたら……僕は胸が引き裂かれそうになった。
「いいか。覚悟しろよ」
「何を……ですか?」
「最悪の場合、カリンちゃんはもうこの世にいないかもしれない……ってことだ」
「え?」
「お前を釣るために、カリンちゃんは人質にされたとして、だ。こいつは対等な立場の交渉を前提にした誘拐じゃない。お前をおびき寄せるためだけのエサなんだよ。釣られたお前は敵の腹の中に潜り込んで、そこで始末されるだろう。そのエサに生死は関係ない。むしろ、生きてるほうが面倒になる。『カリンがガイザーの所にいる』という事実さえあれば……死体でも奴にとっちゃ問題ないのよ」
「だから、今すぐカリンの所に行って!」
壁に密着していた体を起こし、一歩踏み出したが、再びルヴェルドに壁に叩きつけられ、全身に衝撃が走る。
「だからガキなんだよ、テメーは! ガイザーの所に行ってどうするんだ!? あいつを殺すのか? 腐ってもルーンナイトだぞ。お前がそこそこ腕が立つのはさっきの戦いで解ってる。だが、仮に勝てたとしても、お前がルーンナイトを殺したという事実は、多くの敵を呼び寄せるだろう。ヘタこくと、他のルーンナイトがメンツを守るためにお前を殺しに来るぞ」
「じゃあ、どうしろって……言うんですか」
「俺がいる」
ルヴェルドは背中を向けて続ける。
「俺もガイザーに恨みを持っててな……6年前、あいつにはめられたのよ。黄金のヴァンブレイスの情報を俺に流して、あいつに俺を始末させようとした、俺を第三席から引きずり落とす為に……。フィーナ達の仇を絶対に取りたい、ただそれだけの為に関係ない部下まで巻き込んで、あいつを殺そうとして返り討ちだ。ガイザーが黄金のヴァンブレイスを雇って、俺を殺そうとしてやがったのに気付かずな。だから、俺は真実を確かめるためにヴィーグに来た。結果は当たりだったわけだがな」
振り向いたルヴェルドに先ほどまでの怒気はない。
「あいつの不正はつかんでる。あとは物的証拠を押さえれば、社会的に殺せる。そうすれば、直接手を下さなくてもあいつは死罪になるだろう。ルーンナイトだからこそ、反逆は許されない。いいか、間違っても殺すだなんて、考えるなよ」
「……」
「ガイザーの館に忍び込んだら、お前はカリンちゃんを探せ。俺は証拠を探す。もしガイザーに見つかったら、その時は全力で逃げろ、俺が食い止める。もし、逆に俺が見つかって殺された時は、俺に構わず全力で逃げろ……その後、俺の事は忘れてくれ。いいオトコがいたなって、胸に刻んでくれりゃそれでいいからよ」
「何で、自分の身を犠牲にするんですか? 僕なんか、放っておいて証拠を探すなり、仇を取るなりすればいいのに」
「義理の弟が心配でさ」
初めて見せた、ルヴェルドの優しい笑顔。
「知ってたんですか……僕の事」
「そりゃもう。顔を見れば一発で解るって。だって、お前。フィーナそっくりだもん。フィーナと初めてあった日。あいつとの会話の90%、お前の事ばっかりでさ。自分にはかわいい弟がいるんだって、そればっかりで……耳にタコができちまったよ。だからだよ、俺があいつを好きになったのは。家族思いの優しい女はポイント高いわ」
「フィーナ……姉さん」
「もし、殺意が抑えられなくなったら。その時は、自分の顔を鏡に映して見ろ。フィーナはお前のそんな顔、見たくないと思うぜ?」
ふと、窓に目を向ける。そこに映ったのは『僕じゃない僕』。子供の頃の無邪気な笑顔の僕はそこにはいない。今の僕を見たら姉達はどう思うか……。ふと、冷静になる。
「……解りました。ありがとう、ルヴェルドさん……」
「気にすんなよ、俺はいいオトコだからな」
負の感情だけで戦うな、か。もし、ルヴェルドの言う最悪の事態……カリンがもし……そうなっていたらと、考えるだけで身が震える。けれど今は前に進んで確かめなくちゃならない。
……覚悟は……できた。でも、自分を抑えられるかどうかはまだ自信がない。それでも、それでも僕は行かなければならない。ガイザーの元へ……。
カリン、待っていてくれ。