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黄金のヴァンブレイス  作者: 岡村 としあき
第一部 第三章 『ヴィーグ動乱』
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二十六話 ケツイ

 ルヴェルドが元ルーンナイト……それも、第三席。普段のふにゃけた表情ではなく、針の様な視線と、引き締まった口元は、いいオトコと呼んでいいかもしれない。


『あぁ』


 ヤツは思い出して、楽しそうにげひゃげひゃと笑い出した。


「俺のお袋と妹……俺をかばって死んじまった部下達……俺の妻になるはずだったフィーナの所に……すぐに連れて行ってやる……地獄で詫び入れやがれ」


 フィーナ。姉さんの……名前? そこで僕は幼い頃の記憶が唐突に蘇った。『ジーン』という名字に聞き覚えがあったからだ。


 エイドス家の治める領地の隣……そこはジーン家が治める領地であった。フィーナ姉さんは18歳の誕生日を迎えると同時。隣の領主、ジーン家の長男と結婚するはずだったのだ。


「8年前、お前に殺されたエイドスの娘達……フィーナは俺の婚約者だった。お袋と妹の命だけじゃ飽き足らず、俺からまだ奪いやがるのか、テメぇは!」


 やっぱり……ルヴェルドはフィーナ姉さんの婚約者だったのか。


「一つ教えやがれ。6年前、誰の差し金で俺を罠にはめやがった?」


『決まっているだろう? お前の事が大嫌いな人間だよぉ』


「……なるほどな。やっぱガイザーだったか。これではっきりしたぜ。お前をぶっ殺したら、次はガイザーのハゲだ。あいつがお前のような薄汚い殺戮者とつるんでるなんて事がバレりゃ、それだけでスキャンダルだからな」


 ルヴェルドが左手のボウガンで素早く撃つ。ガルダで見せた時とは比べ物にならないほどの弾速で、風の弾が黄金のヴァンブレイスに迫る。

 

 着弾までの数秒間の間にルヴェルドは距離を一気に詰めて、ハルバードの斬撃でボウガンの射撃に威力を上乗せする。


 黄金のヴァンブレイスは左手でそれを受け止めるが、衝撃で庭の中を転がり土にまみれた。立ち上がる所を師匠が後ろから二本の剣で突いたが、それを紙一重でかわし、屋根の上へと逃れる。


『これはセイン嬢。美しくなられて……お兄様の死体はちゃんと見ていただけましたかぁ? 芸術的だったでしょぉ? 人間で作ったミンチはぁぁあ?』


 その言葉で師匠の顔が恐怖と悲しみと怒りで歪む。


 僕は、下品に笑うヤツ目掛けて剣を抜き、空を舞った。


「ようやく、ようやくだな! 黄金のヴァンブレイス……約束通り……僕がお前を殺してやるぞ!」


 ヤツは左手で僕の剣を受け止め、それまでバカみたいに笑っていたのを止めて、顔を近づけて囁く。


『私のかわいいアルフレッドぉ。いけない子だ。私以外の者に心を奪われて……すっかりふにゃふにゃになってしまったねえ?』


「僕はお前の事を……片時も忘れたことは……ない!」


 剣に力を込めて、ヤツの左手を弾き、もう一歩前に飛び出す。


『かわいい子だったよ? ちょっと嫉妬しちゃうなぁ。アルフレッドちゃんは私だけのモノなのにぃ。だから、だから! ね? げひゃひゃはははは!』


 右手に何か糸の様な物を垂らし、わざとらしく僕に見せ付ける。


『これ、な~にかなぁ? ヒント、人の体の一部です』


 青くて長い糸……さらさらと風になびいて、あの夜僕に芽生えた、淡い感情を思い起こさせる。


「カリンの……髪……?」


『ピンポーン』


 さっきまで以上のバカ笑い。僕は頭からつま先まで、凍り付く。


『でも勘違いしないでよぉ? ガイザーちゃんの依頼で仕方なく、なんだからねぇ? あ、ばらしちゃった。ぐひゃ、げひゃ、あはっははは!』


 視界がかすむ。喉が渇く。息が荒い。


 意識を集中する。終わり無き苦痛と、凄惨な最後をイメージして、ルーンを唱える。


 黄金のヴァンブレイスが小さく息をもらした。あいつの為に作ったこの力だ。僕の負の感情(すべて)を捧げてやる。


『今日は、これで失礼するねぇ』


 ヤツは屋根から飛び降り、逃げ出そうとする。


「な……逃げるな! お前は僕にここで殺されろ!」


 その言葉でヤツは口元を歪ませ、舌を出し、よだれを撒き散らした。


『私のかわいいかわいい、アルフレッドぉ。もっともっと君は成長する。その時まで、心の闇をもっと育てておいでぇ、そして――』


 左手を僕に向け、フードの中の赤い眼が僕を射抜く。


『早く(こっち)においで』


 そのセリフとともに、ヤツの姿は煙の様に消えてなくなり、僕達の前から姿を消した。


「逃げ……られた」


 途方も無い、喪失感。そして、思い出すように湧き上がる、恐怖と絶望。カリンの笑顔と、8年前のあの日の姉達の姿が交互に僕の頭に浮かんでは消えていく。


「カリン……!」


 急いで家の中に入ると、あの日と同じ臭いがして、吐き気を覚えた。前世の最後の日。8年前のあの日。その時と同じ感覚に陥る。


 リビングに向かうと、血の海ができていた。そこに浮かんでいるシャイドさんと伯母さんの体……。


「カリ……ン?」


 カリンの姿はそこにはなかった。


「アル……フレッド君、か?」


「シャイドさん!?」


 慌ててシャイドさんの下へ駆け寄り、うつ伏せになっていた体を抱き起こす。


「どうしたんですか!?」


「……ガイザー……だよ。あいつが、殺し屋を雇って……私達を……ガイザーは……戦術級クレストを私達の工房に密造させ、それを隣国『シャナール』に売りつけていた……5年前……私の工房は潰れる寸前だったが、ガイザーが戦術級クレストの密造を引き受ければ理事長にしてやると言ってきてね……。私は……悪魔の誘いに乗ってしまったんだ。しかし、家族の生活を守らなければいけない。ずっと、ずっと……悩み続けていた」


「シャイドさん、これ以上は……」


「聞いてくれ。ガイザーは……この国を売るつもりだ。シャナールには、クレストだけでなく、この国の軍事拠点の情報や、機密を売り渡して、シャナールに寝返ろうとしている……このことを陛下にお伝えしようと手紙を書いたのだが……その手紙を託した者も殺され、私も口を封じられてしまった……」


「シャイドさん、やめてください! 早く治療を受けに行きましょう!」


「私は、ダメな父親だ……家族を守るどころか、こんな事に……カリン……カリンは、さっきの殺し屋がガイザーの所に連れて行くと言っていた……まだ無事な……はず、ぐほっゲホッ!」


「カリンは、無事なんですね!?」


「アルフレッド君……最後に言わせてくれないか……この一週間、楽しかったよ。まるで息子ができたみたいだった……私は、君が後継者になって、カリンと結ばれてくれたら……そう思っていたんだ。カリンも……君の事を……カリンを……助けてやって……くれ」


「シャイド……さん?」


「君のおかげなんだ。君のおかげで勇気が持てたんだ。ガイザーとの関係を清算して、罪を償って……」


 僕が……きっかけ……だったの……か。


「最後に、君に言いたいことがある」


 最後にシャイドさんは笑顔を作って言った。


「ありがとう」


 その笑顔のまま、まるで眠ってしまったかのように……シャイドさんは逝った。


 血にまみれてしまった両手……そこに僕の涙が落ちる。涙は血とまじり、僕の手の平からこぼれ落ちる。


「ガイザー……お前だけは絶対に」


 殺す。

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