二十五話 カイコウ
歩き始めて数分が立ち、僕はオルビアの横に並んで歩き、声を掛けた。
「オルビアさん、ちょっと聞きたいことが」
オルビアは振り向き軽快に答える。
「何だ、少年。筋肉の事か? 効果的なトレーニングを積めば君も――」
「え、いや」
30分くらいして、ようやく話の腰を折る事ができて、本題に入ることが出来た。
「シャイド・アルバーブ理事長。あなたから見て、どんな人ですか?」
「理事長か……。あの人は尊敬できるいい人だ。筋肉を見れば解る」
「は、はあ」
結局そこなのか。
「ガイザー様と理事長はよく仕事上顔を合わせることが多いので、自分もそれに付き添うのだが……そうだな。最近、ガイザー様は忙しくされている。一週間くらい前からか……ああ、ちょうど君たちと出会ってからくらいだな。最近では自分に行き先も告げずに外出なさるから、困っているのだ」
ガイザーは影で何かをしている。それは確実か。しかし、部下であるオルビアも何も知らないのでは、これ以上の情報は聞きだせそうに無い。
「ありがとう、オルビアさん」
「気にするな。自分は少年の事を気に入ってるからな。特にその、大腿四頭筋がすばらしい」
「そ、それはどうも……」
「む」
急にオルビアが立ち止まり、地面に目を向ける。その視線の先には一輪の可憐な花が咲いていた。
「リリアンの花、ですね」
「よく知っているな、少年。自分はこの花が大好きなんだ」
そういって、そっと花に手を伸ばし、優しく摘んで花を見つめる。
花を愛でる少女。その姿はなかなかサマになっていって、花も恥らう乙女と形容してもいいだろう。というか、筋肉筋肉と連呼しなければかなりモテると思うのだが。
「少年。これを君にあげよう」
「え!?」
オルビアは僕の眼を見て、そっと微笑み、リリアンの花を僕の鼻先に差し出した。……リリアンの花言葉は『永遠の愛』。カップルがプロポーズの際に婚約指輪と一緒に贈るのが、一般的なのだが……。それを僕にということは?
リリアンの甘い臭いが僕の鼻腔を付きぬけ、思考をマヒさせる。受け取るべきか、否か。
「君の事を考えると……ぜひとも受け取って欲しくなって……迷惑だろうか?」
オルビアの目は真剣だった。
「いや、その、そんな突然言われても……」
「いらないのか? だが、自分はそれが欲しい」
オルビアは視線の先……リリアンの向こう側、つまり僕の唇を見てそう言った。
オルビアの端正な顔が僕に迫る。鼻先がすりあうんじゃないかと思えるぐらい近づいて、僕は眼を閉じた。そして――。
むしゃむしゃ、ごっくん。
コミカルかつ、可愛らしい音がして、目を開けると、オルビアがリリアンの花を咀嚼していた。
「うむ、美味だな」
オルビアは『永遠の愛』を胃袋に流し込んで、満足げに頷いた。
「この花には、筋肉を作るために必要な栄養素がふんだんに含まれている。君にもぜひ摂取してもらいたい食物なのだが……一緒にどうだ?」
やっぱりオルビアはオルビアだった。花より団子というが、花より筋肉なのだろう。
僕はその後もオルビアの栄養学を聞くハメになり、ようやく開放されたと思ったら、ヴィーグに到着していた。
「ふう、疲れたなあ。さっそくメシにしようぜ。この前、うまい肉料理の店を見つけたんだよ」
「あら、おいしそうですね。オルビアちゃんも一緒にどう?」
「肉か。動物性たんぱく質の摂取も必要だな。しかし、自分は今回の件を報告しにいかなければならん。悪いが、ここで失礼する」
「あら、残念」
オルビアは右手を上げ、街の中に消えて行った。それと入れ替わるように、リトが買い物籠をぶら下げて僕らの元にやってきた。
「アルお兄ちゃんっ! お帰りなさいー!」
僕に走ってそのままの勢いで飛びつくリト。少しよろめきながらも僕はその小さな体を受け止める。
「ただいま」
その様子を見て、ルヴェルドがリトに言う。
「リトたん、ただいま。さあ、俺の胸においで、一週間ぶりの再会の喜びを分かち合おうじゃないの」
「臭いんだよ、ジジイ。加齢臭ぷんぷん巻き散らかしてないで、川に飛び込んでおぼれろよ」
一週間ぶりのナイフに、案の定ルヴェルドは泣き出した。一週間ぶりだけに、ナイフどころの切れ味ではない、チェーンソーだ。
「アルお兄ちゃん、伯父さん帰ってきたから、お家でお昼、皆で食べよう!」
「そっか、シャイドさん帰ってきたんだ。うん、家に帰って食べようか」
「うんっ」
「リトたんと昼食か。これは心踊るどころじゃないぜ」
リトはルヴェルドの顔をじーっと見て、笑顔で答えた。
「いいよっ、じゃー、レックスと同じメニュー御馳走してあげるね!」
「お、マジか! ひさしぶりにマトモな飯にありつけそうだな」
ルンルン気分のルヴェルドには申し訳ないが、レックス(犬オス4歳)と同じメニューなんだよ、君は。
僕らは、昼食をとるため帰宅した。家にたどり着くと、門の前に小さな影を見つけて僕は眼を細める。
誰だろう? カリンだろうか?
近づいてみて、それが一体誰なのかわかった。
ずっと会いたかった。ずっと会いたかった。ずっとずっと――。
脳裏に焼きついていたあの日が蘇る。僕から新しい家族を奪い、殺してみろと笑ったあいつだ。
赤いローブ。金色の左手。フードで見えない顔。今にも笑い出しそうな口元。
「黄金の……ヴァンブレイス……」
ニタニタと不気味に笑って、左手を僕に向ける。間違いない、この存在感。この殺気。先日戦った、ニセモノなんかとは違う。本物だ。
前に出ようとした僕よりもルヴェルドが先に出て、出鼻をくじかれた。
「久しぶりだなあ、黄金のなんたら……探したぜぇ」
ヤツは笑いを止め、つまらなさそうに言った。
『何だ、お前は?』
ルヴェルドはルーンを唱え、右手を地面にめり込ませ、左手を空高くかかげた。
そして、右手を引き抜くとバウを薙いだあのハルバードが具現され、また左手にはさっきの戦いで見せた緑色のボウガンがあった。
二重詠唱――ルヴェルドは二つの武器を構え、もう一歩踏み出す。
「なら、こっちの方が解りやすいか? 元ルーンナイト第三席、ルヴェルド・ジーン。お前を愛してやまない男だよ」