ニ十四話 デュアルキャスト
残りの二匹はそれぞれ、師匠、オルビアに狙いを付けており、二人の戦いは始まっていた。ルヴェルドは二人の戦う姿を見て、口元を歪ませ笑っていた。視線の先をたどると、縦横無尽に揺れる二つの果実に行き着く。……仕事しろよ、いいオトコ。
オルビアがルーンを唱えて、左右の手に火を宿す。ガルダは火を恐れずにオルビアの腹部にくちばしを突き立てようとするが、オルビアはよけない。くちばしはオルビアを貫く。……はずだったのだが。
「噂ほどでもないな、ガルダのくちばしというのも、これも日々の筋トレのおかげか」
……どうやら、オルビアの腹筋で止まっているらしい。
オルビアは左右からガルダの頭を挟むように、手の甲を合わせ、ガルダの頭を潰した。
「これが筋肉の力だ、少年。素晴らしいだろう?」
筋肉、筋肉と言っているが、オルビアの体はどこからどう見ても、年相応の少女の体つきだ。決してムキムキマッチョなんかじゃない。一体どこにあんな力が……。
オルビアの動きに目を奪われている間に、師匠が左右の剣でX字にガルダを切り裂き、ガルダの体を4分割した。
「へへ、見たか、俺たちの力を! 今日もいいオトコが伝説を作っちまったな、フ」
「何もしてないでしょ、あなたは」
「皆、怪我はないな? 一応、巣を焼き払ってそれで仕事は終わりだ。念には念を入れておかないとな」
巣に近づき、中を覗いた師匠が小さく声をあげた。
「アルちゃん、これ見て……」
師匠に手招きされ、中を覗く。中には割れた卵の殻が4つあって、いずれも最近孵化したのか殻はキレイだった。
「4つの卵の殻……」
「さっき襲ってきたガルダは4匹……」
「まさか」
その不安は現実の物となった。突風が吹き、僕らは吹き飛ばされる。木の幹に体を叩きつけられ、よろめきながら顔をあげると憤怒の眼で僕らを睨む白い巨鳥……ガルダの親がいた。
先端が鋭利に研ぎ澄まされた4枚の翼と、さっき殺したガルダと比較にならないくらいの巨躯。ケタ違いの怪力で木々を薙ぎ倒しながら僕に迫ってくる。さっきのガルダは雛だったのか。
体に走る痛みを押さえこみ、僕は立ち上がろうとするが、それより早くガルダの爪が僕を襲った。
しかし、ルヴェルドが風のルーンで作ったボウガンを前足に連射し、動きを止めた。そのスキを見て僕は後方に退避する。
だが、すぐにガルダは僕に向かって走り出した。ルヴェルドのボウガンを受けたはずの前足には傷一つ付いていない。
「俺の愛を受け止めやがったか……」
ルヴェルドは舌打ちする。
「自分に任せてもらおう」
オルビアが火を纏った拳をガルダの脇腹に打ち込んだ。しかし、ガルダはそれをものともせずにそのまま直進を続ける。
「く、なんという筋肉だ」
筋肉負けした事に相当ショックだったらしい。オルビアは唇を噛んで顔をしかめる。
このガルダは、ルーンによる攻撃にも、物理的な攻撃にも強力な耐性をもっているらしい。思ったよりも厄介な相手のようだ。
迫り来るガルダを、風のルーンを唱えて靴底に風を収束し、駆け出す。攻撃をかわすことは容易い。しかし、奴を倒す決定打がない。
「仕方が無いか」
未だ殺気に満ちた瞳で僕を見つめるガルダに向かって一人小さく呟く。
少し本気を出さざるを得ないようだ。ただし、闇のルーンは使わない。いや、使えないと言ったほうが正しいか。
僕の怒りや、悲しみといった負の感情をトリガーにして発動しなければならないからだ。今の僕にそういった感情はない。
ここは別の手で行こう。
意識を集中する。燃え盛る火をイメージして、火のルーンを唱える。右手に学習机ほどの大きさの火を宿す。
意識を集中する。吹き荒ぶ風をイメージして、風のルーンを唱える。左手に暴れまわる小さな台風を宿す。
――準備は整った。
「……二重詠唱……彼は、一体……」
オルビアが驚嘆して口を大きく開けた。
左右に宿った、火と風。僕はそれを伴ってガルダの前に出る。二重詠唱。2種のルーンを同時併用する事で威力を二乗化させる。闇のルーンを生み出す過程で、8歳の時に得た技術だ。
祈りを捧げるようにして手を組み合わせ、それを前へと突き出す。火と風は一つになり、炎の嵐と化し陽炎を引き起こし前へ進む。
炎の嵐はガルダを包み込み、彼の帰るべき家である巣ごと火で葬り去る。物言わぬ炭と化したガルダだったものは煙をあげ、灰になって崩れ落ちた。
「やるね~アルちゃん。ホレそうだわ」
ルヴェルドが無精ヒゲをさすって、僕にウインクをする。
「二重詠唱は、ガイザー様でも、滅多に使うことがない。ルーンナイトクラスの実力がなければ扱いきれず、力を暴発させて腕が吹き飛んでしまうような技術だぞ。君はそれをどこで……」
……そんなにすごい事だったのか、二重詠唱って。まあ、師匠の前でルーン使う事はほとんどなかったし、剣しか教わってなかったからルーンは独学だ。
「やはり、筋肉か」
「は?」
「どんな筋トレで会得したのだ! 言え、さもなくばヴィーグ中のダンベルを買い占めて、今後君は一切ダンベルで筋トレできなくなるぞ! 恐ろしいだろう!? それでもいいのか?」
どんな脅しなんだ。
オルビアは未だ納得する様子を見せなかったが、師匠がお腹が空いたというので、僕らは街に帰還することにした。