二話 イセカイ
屋敷の窓に映る一人の幼児。僕だ。金色の髪と深い蒼の瞳。笑えば愛らしいのだろうが、窓に向かって微笑むほど僕はユーモラスじゃない。
僕は5歳になった。この5年、色々な事があったものだ。時が経つのは速い。新しい自分を受け入れ、こうして生きている。
生まれ変わり。というやつなのだろうか? 中国のどこかに前世の記憶を持って生まれてくる人がいると聞いたことがあるが、それと同じなのか検証する手立てはないので疑問は尽きない。そこで僕は、自由に歩けるようになってから一体ここが地球のどこなのか、現代なのか、過去なのか、自分なりに色々調べてみた。
と言っても、5歳の幼児に出来ることはほとんどなく、親兄弟から話を聞いたり、絵本レベルの本を読んで情報を得るくらいしか方法が無い。
その結果わかったことは三つ。一つ、ここは僕の知る地球ではない事。二つ、文明レベル的には中世ヨーロッパのそれと同じ(あくまで僕の主観だけど)。そして、一番大きな違いが三つ目。
『魔法』の存在だ。といっても僕が勝手に『魔法』と呼んでいるだけで、皆は『ルーン』と呼んでいる。ルーンは言葉に宿った力を引き出す技術で、地水火風にまつわる自然現象をはじめ、色々な事象を引き起こすことが出来る。
火を起こす時は、火のルーンを唱える。水が大量に必要な時は水のルーンを唱え、水を生み出し、夏場なんかは風のルーンを唱えてエアコン代わりにしている。
ルーンは誰にでも使える技術というわけではなく、遺伝によるところが大きい。僕の生まれた家、エイドス家は特にルーンに秀でた家系だった。
「アル~おやつよ~」
一番上の姉、フィーナ姉さんが僕を呼んだ。アルフレッド・エイドス。それが僕の新しい名前。家族にはアルと呼ばれている。
「もう、こんな所にいたの? せっかく私が焼いたパンケーキが冷めちゃうじゃない。何度も呼んでるのに……レイナやセレーナに全部食べられちゃうよ~?」
フィーナ姉さんが僕を抱っこして、強引にリビングに連れて行こうとする。僕は別に逆らうでもなく、それに従う。フィーナ姉さんは今年18歳。僕とは13年も年が離れている。もうすぐ隣の領主の息子に嫁ぐらしい。フィーナ姉さんは美人だし、料理の腕も申し分ない。相手の男はさぞや幸せだろうな、と僕は思う。
腰まで伸びた長い金髪と母譲りの整った顔立ち。僕は肩に抱かれ、金色のカーテンの様な長い髪に顔を埋める。優しくて、甘い匂い。恥ずかしいけれど、週に何回かは一緒のベッドで寝ている。色んなおとぎ話を子守唄代わりに聞かされて。
やがてリビングにたどりつき、僕はイスに座らせられる。わけではなく、二番目の姉、レイナ姉さんが僕をフィーナ姉さんから奪い取り、膝の上に僕を座らせた。
レイナ姉さんの、肩口まで伸びたセミロングの金髪に、僕の頬がこすれてこそばゆい。
「ああ! ちょっと、レイナ姉さんひどい! アルは今日、私とおやつ食べるんだから!」
三番目の姉、セレーナ姉さんが顔をぷくぷくさせてかわいらしく怒った。緑色のリボンで結ったポニーテールがセレーナ姉さんの動きに合わせて揺れる。
「アルは私が一番大好きなの、ねー? アルぅ」
レイナ姉さんはやんちゃで、面白い。家族のムードメーカーだ。いつも食事が明るくておいしく感じるのはレイナ姉さんがいるから。
セレーナ姉さんは、ちょっとワガママだけど、色んな細かいところに気が付く。僕の寝癖や、かけ忘れたボタンなどすぐに直してくれる。
三人とも僕の新しい大事な家族……。前世の事は忘れろと言われても、忘れる事が出来ない。けれども、今の僕にはこんなにも素敵な家族がいるんだ。
『この世界で幸せに暮らそう』。この5年で僕が出した結論だ。過去は戻ることは出来ないけれど、いつまでも引きずり続けるわけには行かない。
この世界に生まれ変わったのも、きっと神様が今度の人生は幸せに生きろというメッセージなのだと思うことにした。
「アル、また重くなったねー? やっぱり男の子なんだねー」
レイナ姉さんが僕の右手をつかんでゆらゆらと揺さぶる。まるで犬か猫のような扱いだ。というのも、姉達とは年が10年以上も離れていて、フィーナ姉さんは17歳。レイナ姉さんは16歳。セレーナ姉さんは15歳だ。
年の離れた弟がかわいい……というのもあるのだろうけど、それだけではない。僕を産んだ母。エレナ・エイドスは36歳という若さでこの世を去った。僕を産んですぐの事だ。
母親の愛情を知らずに育った僕を不憫に思ったのだろう。過剰とも言えるくらい僕は過保護に育てられ、欲しい物があればなんでも与えられた。
前世の僕は長男だったので、末っ子かつ、美人の姉が3人もいるというのはとても新鮮だった。
「ちょっとレイナ姉さん! アルを独り占めしないでよ! アルは私の事が一番好きなんだから! ね、アル~」
今度はセレーナ姉さんが僕をレイナ姉さんから奪い取る。
「セレーナもレイナもいい加減になさい!」
さすが長女。こういう時のフィーナ姉さんは頼りになる。
「アルは私が一番大好きなんだから、無駄な議論はおよし」
そういって、フィーナ姉さんがセレーナ姉さんから僕を奪い取った。
「んもう、じゃあさ! アルに聞いてみようよ! 誰が一番好きか!」
「望むところね」
「聞くまでもないでしょ?」
姉達の視線が僕に集まる。
「アルは、お姉ちゃんの中で誰が一番大好き?」
なんて厄介な質問してくれるのだろう。僕はしばし視線をさまよわせ意を決し口を開いた。
「みんなだいすきっ!」
屋敷の窓で練習したとびきりの笑顔を満開にしてそう答えた。これで姉達はケンカすることはないだろう。練習の成果を出せてよかった。僕はユーモラスな人間らしい。