十九話 ムイチモン
小奇麗なレストランよりも、大衆的な食堂の方がいい。なんてったって、安くて早いからだ。この前のグリセス討伐の報酬だけで、数日やりくりしなければならないのだから、慎重にもなる。
昼をとうに過ぎたというのに、ヴィーグ中央広場に程近い、小さな食堂は未だ人で賑わっていた。木製のテーブルに4人で着き、豊富なメニューとにらめっこする。
「リト、リトは何にする?」
「んー」
リトはメニューを見て、考え込む。そしておもむろに口を開いて、僕の度肝を抜いた。
「これ、全部っ!」
成長期の女の子はこんなに食べるものだろうか? リトは食堂の全メニューを注文して、『デザート何にしようかなぁ』と、闇のルーンよりも恐ろしい呪文を詠唱した。
「リトちゃん、もっとたくさん食べていいのよ。いっぱい食べて大きくなってね」
師匠が笑顔でそれを遮るでもなく、助長させる。そして、その隣の席には『幸運のかぼちゃ』という、なんとも胡散臭いアイテムが鎮座していた。
「……師匠、ちなみにそれ何なんですか?」
「よくぞ聞いてくれました! アルちゃんはお目が高いわね。これは幸運のかぼちゃと言って、持ってるだけで幸せが舞い込んでくるありがたいかぼちゃなの! これがあれば、きっと私達の周りの困った人達が幸せになるのよ。素晴らしいと思わない?」
「いくらしたんですか?」
じーっと師匠の目を見つめる。師匠は笑顔のまま固まった。
「いくらしたんですか?」
今度は目を細めて、凝視。顔から健康的ではない汗を垂れ流して、顔色もみるみる悪くなって行く。
「えへへ」
「その笑顔にはだまされません」
師匠はうつむいて、その値段を口にする。僕は世界が終わるような眩暈に襲われた。なにせ、報酬の半分がこれでぶっ飛んだわけだ。
「ああ……いつも通りだな……ちょっと目を離したスキに……」
頭が痛くなってきた。
「でも、あの露店商さん、50%引きしてくれたのよ? いい買い物をしたと思わなくちゃ、ね!」
「師匠はだまされてるんですってば!」
とたんにしゅんと落ち込む師匠。
「まあまあ、こんな美人のねーちゃんいじめたら、罰が当たるぜ? アルちゃんよ」
「それじゃあ、ルヴェルドさん。このかぼちゃ、引き取ってくれませんか?」
とたんにルヴェルドが顔を引きつらせ、あさっての方を向いて下手な口笛を吹いた。そして、目を合わせず小さな声で呟く。
「アルちゃん。世の中金が全てじゃない。俺たちには愛があるじゃないか。生活が貧しくても、心まで貧しくなっちまうなんて悲しくないか?」
「お腹が減れば、悲しいでしょ。愛で腹がふくれるなら、世界中を愛で満たしてくださいよ、もっと現実見てください」
泣きたくなった。そして、ルヴェルドの顔を見てふと思い出す。
「そういえば……ガイザーと……知り合いだったんですか?」
「ん?」
「ほら、僕を止めたとき、ガイザーがルヴェルドさんの顔見て、なんだか驚いてましたけど」
「あまりにも不細工だから、驚いたんじゃないの? リトなら、生まれてきた事を後悔しちゃうかもっ」
これは、もちろんリトの言葉。
ルヴェルドの瞳がどんどん水分で満ちていく。
「まだそっちの、かぼちゃさんのほうがかっこいいよね! 世界が破滅してルヴェルドと二人きりになったとしも、リトはかぼちゃさんと結婚しちゃうかも」
いいオトコ<かぼちゃ。その辛すぎる現実にルヴェルドは砕け散った。
「どうせ俺なんて、俺なんて……うううううう! なんだ、このかぼちゃ! こうしてやる!」
かぼちゃを持ち上げて、叩き潰すところを師匠が慌てて阻止するが、また力加減を間違えて、ルヴェルドの頭にかぼちゃがめり込んでしまった。
「あら、ほら見て見てリトちゃん。ルヴェルドさん、かぼちゃの国の王子さまみたい」
「……」
リトはフォークを持つ手の動きを止め、小さく呟く。
「アルお兄ちゃんより、かっこいいっ!」
僕<かぼちゃの国の王子様。僕も少し泣きたくなった。
そして、さらに追い打ちをかけるように手渡された食事代の領収書を見て、僕は気絶した。金額が幸運のかぼちゃと同額……つまり、たった一日で僕らは無一文になってしまったのだ。