十八話 イイオトコ、カガヤクトキ
「ロッテ……そうか……」
僕は軽く驚いた。驚いたといっても、彼女がルーンナイトになったのが、ではない。品行方正、純真無垢という彼女に似つかわしくない四文字熟語のほうだ。
初対面の相手に、木の棒で殴りかかろうとするような彼女だ。都会の男は皆だまされているんだろう。それとも、この8年で彼女の中の何かが変わったのか。
いずれにせよ確認する手立ては今のところ無いが。
「ん? アルちゃんお知り合い? なら、ぜひとも紹介してくれよ。こんないいオトコと釣り合うの、ロッテ様くらいしかいないぜ?」
「いえ、赤の他人ですよ」
そうだ。あの日、僕は友達を失った。いや、捨てた。そこに後悔はない。
しかし、どうしてだろう? まるで我が事の様に誇らしく、そして、とても嬉しかった。僕はまた、ロッテに会いたいのだろうか?
でも、きっと……今の僕らが街中で出会っても、おそらくお互い気付かないだろう。復讐という影の道を歩いてきた僕。ルーンナイトになるという、夢。光の道を歩いた彼女。
僕らは違いすぎる。だが、それでいい。だからこそ、あの日あの時あの場所で僕は、彼女を捨て、影の道を歩くことを決めたのだから。ロッテは光でいいんだ。明るく輝くのが似合う。
僕は復讐者。影に生き、ひっそりと死んでいくだろう。光はいらない。それで、いい。
「それにしても、少年。君……」
オルビアが僕の下半身の中央をまじまじと見つめ、右の太ももに手を添えて言った。
「とても、いいモノを持ってるな」
「は、はあ?」
そして頬を赤らめて口を開く。
「毎日、やっているのか?」
「え? な、何を?」
「自分も毎日寝る前にやっている。昨日も同僚と下半身に力が入らなくなるまで励んだものだ。とても、情熱的で刺激的な夜だった」
オルビアの言葉に、ルヴェルドは『ヒュウ』と口笛を鳴らして、下品な笑顔を浮かべた。オルビアの爆弾発言で、さっきまでの感傷にひたっていた僕が弾け飛ぶ。
「え、えっと?」
「そうだ。今夜、自分は大丈夫な日なんだが、よければ一緒にどうだろうか? 大丈夫。初めての時は痛く感じるかもしれないが、自分に任せてくれ。終わった後はあっけないものだが、きっと君も満足できる時間を過ごすだろう」
「おいおい、そんな話。昼間から堂々と……いいオトコも絡ませてくれよ、な?」
「3人でやるのか? むぅ……いいだろう。自分が上になる、少年は彼の下半身をおさえててくれ」
「え、いいの!?」
ルヴェルドが素っ頓狂な声を上げて、『わーいわーい』と子供のように辺りを駆け回った。
「ぼ、僕は遠慮するよ……。その……まだ、早いと思うから、その……そういう大人な事は」
「大人な事? 自分が初めて経験したのは5歳の時、父親となんだが、早いのだろうか?」
「ごごごごごご5歳!?」
なんて鬼畜親父だ!
「わかった、確か……ルヴェルド殿。だったな? 今夜はよろしく頼む。汗を大量にかくと思うから、タオルを忘れないでくれ」
「おうおう! 夜の俺に乞うご期待! いいオトコの輝く瞬間を、今夜君は目撃する」
なんか、えらく格好をつけたルヴェルドが親指を立て、サムズアップした。
「いや、助かったよ。一人でやると味気ない上に張り合いがないんだ。同性に頼んでも、みんな断るからな。あんなに気持ちいいのに、なんでだろうな?」
「さ、さあ?」
「それでは、ルヴェルド殿。まずは、ウォーミングアップとして、ヴィーグを20週走って、その後、広場で腕立て伏せ10000回だ。それが終わったら、腹筋と背筋を50000回。うさぎ飛びは足を痛めるから、スクワットにしようか?」
駆け回っていたルヴェルドが急に足を止め、『ギギ』という音を立てて、首を45度回した。
「あの……それって?」
「決まっているだろう。筋トレだ。健全な魂は健全な肉体に宿る。筋肉はいいぞ? 迸る汗を弾き、盛り上がる上腕二等筋。まるで巨大な大陸の様な、大胸筋。さながら、絶海断壁のような、大腿四頭筋。想像しただけでも、こう、胸が熱くならないか!?」
「え、ええと?」
オルビアは天を仰ぎ、何やら恍惚の表情を浮かべ、口からおつゆをこぼした。凛とした美しさは、どこへいったのか。
「は、いかんいかん! 職務中についついやってしまった。自分の悪いクセだな。筋肉の事になると、どうも周りが見えなくなってしまうらしい。それではルヴェルド殿。今夜8時に広場で!」
オルビアはガイザーを追いかけ、『筋肉ヤッホー!』と歓喜の声を上げて走って行った。……一体、何なんだあの子は。
「アルちゃん。一緒にどう? いいオトコは楽しみも悲しみも、おすそわけする性分なのよね」
「夜に期待してますよ、しっかり輝いてきてください」
僕らは、口をあんぐり開けて救いの手を求めるルヴェルドをその場に残し、少し遅い昼食をとるため、食堂に向かった。