十七話 アノコロノエガオ
登場人物紹介
ルヴェルド
26歳。『自称いいオトコ』。
旅の傭兵で過去に『黄金のヴァンブレイス』に戦いを挑み、仲間と右腕、右足を
失っている。ルーンで自然界の物質を武器化する技術を持っており、たぶん強い。
がっちりとした体型とその巨躯から、粗野な印象を抱きがちだが、涙腺が弱いのか
リトの言葉のナイフであっさりと傷付いて泣き出す男。
黄金のヴァンブレイス
年齢不明。性別不明。全てが謎の存在。
ルーンがまったく通用しないなど、戦闘力面に関しても謎。
意識を集中する。草原を走る疾風をイメージして、風のルーンを唱える。靴底に風を収束。音を置き去りにして疾駆する。ガイザーの槍がリトを貫く寸前、紙一重でリトを抱き締め、その切っ先は空を切った。
しかし、まずかった。実はこんなルーンの扱いをしたのは初めてで、力を制御できずリトを抱いたまま猛スピードで走ってしまい、慌てて減速の為前方に風を展開したが、停止できず、露店の一つに突っ込んでしまった。
派手な音とともに露店が崩れ去り、土煙の中でなんとか目を凝らす。
「痛……リト、大丈夫か?」
腕の中に収まったリトを見下ろして、怪我がないか確認する。
「リトは、大丈夫だよ……」
「そうか、よかっ――」
安堵したのも束の間、後ろから髪をつかまれ、後頭部に激痛が走った。僕は思い切り頭を振りぬきそこから脱し、リトを押し出すと、なるべく遠くへと離す。頭にちりちりとした痛みが残り、地面を見ると何本か髪が抜け落ちていた。
「小僧。肉体強化系のルーンを使うとは、なかなかやりおる。だが、そんなことはどうでもいい。小娘を助けたということは、貴様も反逆者……仲良く処刑してやろう。あの世で二人仲良く暮らすがいい……!」
後ろを振り向き、それが目に入る。ガイザーはゆでダコの様に顔を真っ赤にし、ルーンを唱えている。右手に収束した風はこちらを完全に捉えていた。今ならば、かわせる。しかし――。
僕の後ろには何十人という街の人がいるのだ。ここでかわせば彼らに当たってしまう。こいつは正気なのか?
「小僧、こいつをかわしてみろ? お前のせいで無関係な街の人間が何人か死ぬよなぁ? ひゃははは! 動かない人間ほど面白いオモチャはねえよなああ!? しっかり死ねよクソガキぃ!!」
これがルーンナイト? これが国の誉れ? 僕はこんなモノに幼いころ一時でも憧れを抱いたのか? 反吐が出る。
おそらく、ここで反撃すれば本格的に国家反逆罪だ。そうなれば黄金のヴァンブレイスを探す旅はできなくなる。
それでも。
それでもだ。
人の命をオモチャにするような、こんなクズを生かしたままにはしておけない。……殺意が芽生えた。
意識を集中する。終わり無き苦痛と、凄惨な最後をイメージして、ルーンを唱える。闇のルーンで魂を……壊す。
「おおっとぉ、すみませんねえ。ルーンナイトの旦那ぁ。うちのツレが大変な粗相をしでかして! おら、さっさと謝れこのクズが!」
僕の前にルヴェルドが躍り出て、いきなり僕をどついた。その拍子に尻餅を付き、闇のルーンの詠唱は妨害され、未発動に終わる。
「なんだ、貴様は……?」
「へへへへ、ルーンナイトの旦那ぁ。ここは俺の顔に免じて許してやってくださいよぉ。ね?」
「貴様の汚い面など……む?」
ガイザーはルヴェルドの顔を見るなり、ゆでダコの様な顔を真っ青にして、かぶりを振った。
「お前は……まさか……いや、あの男は死んだはずだ。お前があの男のはずが……」
「まーご覧の通り、どこにでもあるような顔じゃごぜーませんからねえ。お気に召したのなら、10分でも1時間でも見つめてくださいよ」
「……興が削がれたわ。行くぞ、オルビア」
「は」
白馬にまたがり、ガイザーはその場を去っていった。しかし、オルビアはそれを追わず、僕の側に駆け寄ってきて手を差し伸べてくれた。
「すまない、少年。我が主が迷惑をかけた」
僕はオルビアの手を取り、立ち上がり彼女の目を見る。本当に申し訳なさそうな顔をしているので、先ほどまでの怒気もどこかへ失せてしまった。
ふと、冷静になる。あの時僕がガイザーを殺していたら、他の皆はどうなっていただろうか? ルヴェルドが間に入ってこなかったら? 頭に血が昇りすぎた事に僕は今更ながら気が付く。
「いや……部下のあんたがまともな人間でよかったよ」
「ガイザー様は、かなり虫の居所が悪いのだ。普段でも……ここまでは……本当にすまない」
「原因は、今年の選定会か……」
ルヴェルドが後ろから僕らの会話に割って入った。
「そうだ。ルーンナイトは1年に一度、その資質を再確認する為、実戦形式の試合が行われる……それが選定会。去年は第六席だったガイザー様は、君と同じくらいの年の子供に選定会で惨敗したのだ。それも、少女にな」
「王都じゃ有名だもんな。強い上に美少女。その上、品行方正、純真無垢となりゃ……都会の男共も放っておくはずもなく、今じゃ騎士団は若い男の入団希望者で溢れかえってるって話だぜ? まあ、ちょっとしたアイドルだな」
「つまり、その美少女様に負けたんでご機嫌ナナメってわけか。いい迷惑だな、あのタコも、その美少女様も」
「ロッテ様は何も悪くない! 同じ女として尊敬しているからな。何せ、女性初のルーンナイトなのだ」
その名前は、どこかで聞き覚えがあった。あの悪ガキっぽい笑顔が脳裏に浮かぶ。
「下の……名前は?」
「確か、ルーインズだっけ? ロッテ・ルーインズ卿。俺もお近づきになってみたいねえ、ほんと」