十四話 クレストメーカー
ルヴェルドが一歩踏み出し、巨大なハルバードを右手で軽々と振るう。
一瞬で数匹のバウの首が宙に飛び、大地に横たわる。だが、それに怯むことなく背後に回りこんだ一匹のバウが、ルヴェルドの右足に噛み付いた。
「おおうっと。残念。そこは俺の性感帯。むしろキモチいいわな」
ルヴェルドは噛まれているにもかかわらず、左手で噛み付いたままのバウの首をつかみ、遠慮なくひねり潰すと、引き剥がし、地面に放り投げる。
「おいおい、もっと情熱的に来いよ。お前らの愛はそんなもんか? しゃあない、俺のテクでさっさと逝かせてやるか」
なんというか、ルヴェルドは強いのだけど……リトの教育上好ましくない単語がいっぱい飛び交っている。
「ルヴェルドさんのテク……どんなものなのかしら、一度見てみたいわ」
「師匠、それ絶対本人の前で言わないでくださいね」
「あら、どうして?」
疑問符を一杯頭上に浮かべて師匠が無垢な瞳で僕を見つめる。
「どうしてもですってば!」
そんなやりとりをしている間に、ルヴェルドは残りのバウを一薙ぎして一掃する。右手のハルバードを手放すと土の塊となり、大地に還った。
僕はルヴェルドに歩み寄り、労をねぎらう。
「強いんですね。ちょっと……意外でした」
少し皮肉を込めて言ったのだが、ルヴェルドは僕の言葉を気にせず、豪快に笑い飛ばした。
「いいオトコは強い。これ、絶対条件な」
「はあ」
「気持ち悪いおじさん、助けてくれてありがとう!」
リトのお礼の言葉にルヴェルドは少し顔をしかめる。
「リトたん、せめて『気持ち悪い』は抜いてくんない? 俺、まだ26だけど『おじさん』はガマンするからさあ」
リトはしばし、熟考して考える。
「じゃあ、クソジジイ?」
満開の笑顔で無邪気にばっさりとルヴェルドを切り捨てたリト。
「10代女子って怖いぜ、20代後半のヤロウはジジイ扱いか……」
ルヴェルドは、がっくり肩を落としてとぼとぼと歩き出し、僕らは再び旅を再開する。
その日の夜。再び野宿となり、僕らは夕食の準備に取り掛かった。
「アルちゃん。ルーン使って火を起こしてくれる?」
「はい」
師匠に言われ、焚き木に火を付けようとするが、リトがそれを遮る。
「リトがやるよー」
リトはスカートのポケットから、黄色い札……クレストを取り出す。
「おいおい、リトたん、このクレストけっこう値打ちもんだぜ。紙質もインクの質も、ルーンの精度も超1級だ。こんなもんどこで手に入れたんだ?」
クレストは、一般的によく使われる消耗品だが、等級が存在する。一般家庭で使われる5級と4級。業務用の3級。武器としても使用可能な2級。戦術兵器としての1級。
そして、戦略兵器クラスの威力を誇る超1級。
ルヴェルドの目が確かなら、リトはとんでもない物で火を起こそうとしている。
「リト、それはダメ!」
慌ててリトからクレストを奪い取り、事なきを得る。それにしても、一体何でこんな物騒なものをリトが……?
「リト、これどうしたの? 民間人じゃ入手不可能なレベルのクレストだよ?」
リトはにっこりと笑顔でポケットをまさぐり、同じ物を5つ取り出して言った。
「リトが作ったの!」
「え」
僕はしばし呆然とする。
「これだけの質のクレストを売れば、けっこうな額になるぜ? リトたん、一生俺についてきな、俺と商売始めて一山当てようぜ!」
「うるさいよ、筋肉ダルマ」
またまた満開の笑顔で、無邪気にばっさりとルヴェルドを切り捨てたリト。
「ふ、それは褒め言葉と受け取っておくぜ。いいオトコは常に前向きなんだ」
涙目になって、その場から駆け足で『うわ~ん』と声を上げて去っていくルヴェルド。案外精神的にモロい人なのかもしれない。
「リトちゃんはクレストメーカーだったのね。えらいわね~」
師匠がリトを抱きしめてなでなでする。リトは嬉しそうにそれに従う。
ちなみにクレストメーカーとは、クレストを製造する職人の事を指して言う。今向かっているヴィーグもクレストメーカーの街だ。ルーンを文字として札に書き込むので、当然ルーンが使える事が前提となる。それを考えれば、リトのルーンの才能はかなりのものだ。もしかすると、彼女も僕やロッテと同じなのかもしれない。
「リトのお父さん、クレストメーカーだったの。でも、仕事中に事故にあって……それで、お母さんの実家に引っ越して畑仕事をしていたの」
「そっか……」
「でも、お母さん、病気で……お父さんも、山賊に……」
リトの瞳から大粒の涙がこぼれた。明るく振舞っていたが、父親の死からまだ立ち直れていないんだろう。
師匠はリトをそっと抱きしめ、髪を優しくなでる。僕はその場を師匠に任せ、ルヴェルドを探しに出かけた。