十二話 キレイナエガオ、キタナイエガオ
「この度はありがとうございます。グリセスだけではなく、山賊どもまで退治して頂いて……」
「気にしないでくれ。僕が勝手にやったことだ」
僕らは村長の家に招かれ、私室で村長と向かい合い、今回の件の報告をした。
「報酬の件ですが……その……」
「けっこうです」
師匠がピシャリと言い放つ。
「は?」
うわ、また始まった。
「いえ、お約束通りいただきます」
慌てて僕は即座に翻す。
「ちょっとアルちゃん! 困った人たちからお金を巻き上げるの!?」
「僕達もお金が無くて困った人たちなんです!」
師匠はお金に関して非常にいい加減だ。実は用心棒家業を始めてから、何度か無報酬のボランティアをした事がある。さらに致命的な事に、師匠はかなり金銭感覚がマヒしてる。
ボッタくられたり、孤児院に寄付したり、衝動買いしたり……その経験から財布は僕が預かることにしているのだ。
「で、ではお約束のグリセス討伐の報酬をお受け取りください」
「はい……確かに」
村長から報酬を受け取り、それをしっかりと勘定して確認する。師匠が隣で『ケチンボ』とか『守銭奴』とか何やら呟くが無視した。
「それと、ですな……もし、あなた方がよければでいいのですが」
「まだ何か?」
僕は鋭い目つきで村長を見据える。村長は萎縮して、『ひい』と年に似合わず可愛らしい悲鳴をあげた。金にならない事に興味はない。それが面倒ごとなら、なおの事。
「い、いえ。その……。先ほどの山賊の襲撃で、村の者が何人か犠牲になりまして……その者の中に、娘と二人で暮らしていた者がいたのです」
「それで?」
紙幣をうちわ代わりにして風を起こし、僕は涼を得る。傍目から見れば安い悪役だ。
「ええ。村は復興に追われ、とても子供の面倒をみている余裕がありません、そこで」
「私達がその子を引き取って養子にすればいいのね、お安い御用です!」
師匠が満面の笑みで答えた。いやいや……。
「師匠、子供一人養うのにいくらかかると思ってるんです? 僕らが生きていくだけでも精一杯なんですってば」
僕らを横目に、コホン。と一つ咳払いをして村長が続ける。
「この村から川沿いに2日ほど歩いたところにヴィーグと呼ばれるクレスト職人の街があるのですが、そこにその娘の父親の兄……伯父ですな。伯父夫婦に事情を説明して娘を預ってもらおうと思いまして」
「なるほど、ヴィーグまで僕らがその子を連れて行けばいいんですね?」
「はい」
「それくらいなら構いません。特に次の当てもなかったし」
「本当ですか? いや、それはありがたい。リト、入っておいで! 旅の方がお前をヴィーグまで送り届けてくれるそうだ! ああ、よかった」
その後の言葉を僕は聞き逃さなかった。小さな声だったが確かに聞こえたのだ。『これで厄介払いができる』、と。
この村長の気持ちも解らなくはない。この惨状から立ち直るには相当な時間と労力がかかるだろう。そんな時に子供の面倒など見ていられるはずもない。だが、気に入らないのも確かだ。
「失礼します……」
ドアを開けてそこから顔を出したのは、10歳くらいの少女だった。少女は村長の後ろに隠れ、恥ずかしそうにこちらを見ている。
「よろしくね、リトちゃん」
師匠が微笑んで右手を差し出す。それにおそるおそる触れる少女の小さな右手。どことなく気弱そうな印象を受けた。
左右を赤いリボンで結った、肩口までの金髪。早い話がツインテール。ぱっちりした瞳が印象的な可愛らしい女の子だった。
「リト・アルバーブです……」
小さな声だったが、確かにそう聞こえた。少女、リトは僕の顔をじっと見つめ、笑った。まるで、失くしていたおもちゃがみつかった時のような無邪気な笑顔で。
「ん?」
けれどもすぐにその笑顔を引っ込めて、村長の後ろに隠れる。
「リトや。セインさんとアルフレッドさんだ。ヴィーグまでお前を送り届けてくれる事になった。この人たちの言うことをちゃんと聞いていい子にするんだぞ」
「はい、村長……」
リトはうつむいたままそう答える。
「出発はいつになさいますか? できれば早くこの子を伯父夫婦の所に送ってやって欲しいのです。何せ、親を失ったばかり。寂しいでしょうからなあ」
笑わせる。村長の顔にはちゃんと書いてある。『さっさとここからいなくなれ』って。
確かに金にならない事は受けるつもりは無い。だが、親を失った子供のことなら話は別だ。それに、リトを村長から少しでも離したいと思った。
リトの顔にもちゃんと書いてある。『ここにいたくない』と。
「じゃあ、すぐにここを発ちましょう。まだ日が沈むまでには時間があるし、これ以上村人の方々にご迷惑をお掛けするわけにもいかないので」
「おお! おおお、そうですか、よかったなあ、リト。さあさ、荷物はちゃんとまとめてあるな? この手紙を持って伯父さんの所にお行き。そこで幸せに暮らすんだぞ」
村長は心底嬉しそうだった。よそ者と邪魔者を早々に追い出せてさぞや胸がすっきりしたのだろう。こちらは腹が立って仕方がないが。
「師匠、行きましょう。僕らが長いことここにいると迷惑をかけるみたいです。村長さんのお仕事を邪魔しちゃ悪いですからね」
わざとらしく言い放つ。村長はそれを気にするでもなく、笑顔で僕らを見送った。笑顔にもキレイ、キタナイがあるのだと初めて知った瞬間だった。
村を出て数分。僕らは山道を歩いていた。リトを挟むように、師匠が右に、リトが真ん中に、僕が左に。
「……ありがとう」
唐突に、歩みを止めリトが誰ともなしにそう呟く。
「何がだ?」
僕はそう問いかける。
「村を、守ってくれて」
「いや……」
僕は、自分の気持ちに従っただけだ。それは正義感なんてキレイなモノじゃない。単純な殺意。許せないと思った。ただ、それだけ。
「当然の事をしただけだ」
偽らぬ気持ちを言葉にした。それが少女の耳にはどう聞こえたのか。少女の眼にはどう映ったのか。少女の心に何が芽生えたのか。僕には知り由もない。
少女は泣いていた。その涙の意味は解らない。きっと色んな意味があったのだと思う。彼女は解っているのだ。自分がどういう状況に置かれ、どういう扱いを受けているかを。
そっとその左手を優しく握り、手をつなぐ。
「ぁ……」
「僕はアルフレッド・エイドス。……アルだ。短い時間かもしれないけど、よろしくな、リト」
少女は笑う。そして太陽よりも眩しい笑顔で応えてくれた。
「うんっ」
僕らは三人で手をつなぎ、夕暮れの中を歩く。やがて夜が来て、野宿をすることになった。食事の用意をして、3人で輪になる。
「アルちゃん。また、山菜のスープ?」
「また、とは何ですか、またとは! これだけリーズナブルで栄養満点の料理はないんですってば。文句言うなら食べなくてけっこうです!」
「はあい」
師匠はしぶしぶ承諾し、スープに口をつける。一体、どっちが子供なんだか。
「おかわりっ!」
リトはすっかり元気になり、早くも3杯目のおかわりをたいらげた所だった。
「お兄ちゃんって料理上手なんだねっ!」
「まあな」
それにしても、よく食べる子だ。これで4杯目なんだけど……。
「おかわりっ!」
育ち盛りだからな、仕方がないか。
「おかわりっ!」
13杯目のおかわりを申し出た彼女に僕は不安を覚える。食いすぎだろっ!! 何かで気を紛らわせないと、僕の分が無くなる!!
「あ!」
ちょうどいいところに野リスが目に入った。指先にパンくずを付けて、ちょいちょいとおびき寄せる。野リスはそれにつられて僕の指先にやってきた。
「ほら、リト。見てご覧。かわいいだろう?」
「かわいいっ! リト、リスさん大好きっ!」
やっぱり女の子だなぁ。と僕は微笑ましく思った。
「焼いて食べたらおいしいもんねっ!」
そのセリフにブフっと水のルーンの如く口に含んだスープを、一直線に噴出した。
それを見て師匠が一言。
「あら、アルちゃん新しい遊び? 楽しそうね、私もやってみようっと」
僕は慌てて止める。
「師匠、乙女がそんなことしたらダメですってば! リトも、リスさんを逃がしなさい! かわいそうでしょ!」
これは当分たいくつしそうにないな、と僕は苦笑いして残りのスープに口をつけた。