十話 キリフダ
あの日の誓いを再び胸に裏山を登る。しばらく山道を歩いて、それをみつけた。
洞窟だ。入り口は3メートルくらいで、中を少し覗くと男だけの大所帯の為か、ゴミと少しすえた臭いがして軽く吐き気を感じる。清潔感とはあまりにもかけ離れ、生ゴミの日を思い出してしまい顔をしかめつつ、僕は外の空気を求め飛び出した。
さて、どうするか。このまま大地のルーンで地震を起こし、奴らを生き埋めにしてやるのがっ手っ取り早いが、あいつの面を拝みたい。
「おいおい、わざわざ殺されに来やがったぞ、このガキ、ひゃははは! こっちから出向く手間が省けたってワケだ」
声のした方を振り返る。先ほどの頭とその後ろに30人ほどの山賊達。全員、剣や斧で武装している。
「お前ら、どうしてあの村を襲った? 一応理由くらい聞いてやる」
「あぁ? 楽しいからだよそりゃあ。最高だぜえ? 無抵抗な村人その1は、いい年こいてお漏らししながら、ガキみてえに四つん這いで逃げちまってよお。その背中についつい斧でグサっとやっちまったら。ぽっくりいきやがった。ありゃあ楽しかったなぁ、げひゃひゃひゃ!」
同時に山賊どもの大合唱。
「村人その2は、抵抗したもんだから、目の前でそいつの母親を……げひゃ?」
斬った。右腕を失い、頭の時間は一瞬静止し、再び時間が流れ始めると滑稽な泣き声を上げ、赤い噴水となる。
「ひぎゃあああああああ!? 腕が、俺の腕が、な、ないいいいいい! おい、おいお前ら逃げるんじゃねええ、俺を助けろよぉぉ」
「もう一本、いっとくか?」
僕の問い掛けに頭はブルブルと涙をこぼしながら、『やめてくれ』と嘆願する。しかし、突然。苦痛から歪んだ笑みを振りまき、左手で後ろをさした。
「お、黄金のダンナぁ! こいつだ! 俺たちをコケにした上に、俺の、俺の右腕をぉぉ」
振り返る。
8年前の記憶が鮮やかに蘇る。赤いローブ。顔はやはり、見えない。
「会いたかったぞ、黄金の……ヴァンブレイス!」
悪魔。山賊の一人がそう呟いた。指先を……僕に向けて。
知らないうちに僕は笑っていたのだろう。だが、本当の悪魔は目の前にいる。
「こいつを殺せばいいんだな?」
太い声で、奴……黄金のヴァンブレイスが頭に問いかけた。くすんだ金色の手甲に包まれた右手で僕を指差して。
「お前、逃げるなら今のうちだぞ。俺はあの伝説の殺し屋『黄金のヴァンブイレス』。謝るなら楽に殺して――」
「ククククククク……」
例えるなら悪魔の笑い。もしくは、鬼の慟哭。
「こ、こいつ、何笑ってやがる。黄金のダンナ、早くぶっ殺して!」
「これが笑わずにいられるか。ようやく見つけたと思った運命の相手がこんなお粗末なニセモノじゃあ、笑うしかないだろう……」
意識を集中する。隆起する大地をイメージして、ルーンを唱える。鋭い土の槍が次々と地面から生え出て、瞬く間に山賊たちを串刺しにする。
「へぇ……。名前を騙るだけはあるんだな、いい仕事するじゃないか」
ニセモノは加減したとはいえ、僕のルーンを防いだ。それなりにできるらしい。
「や、やめろ! 俺はこいつらに頼まれただけであって、村の人間は一人も殺してない! だから……」
しかし、技量差を実感したのか、尻餅を付いて動かない。
「そうだな」
「わ、わかってくれたか」
「そうだな」
「あ、ありがとう。もうこんな事からは手を引くよ、それじゃあ――」
ニセモノのローブをむんずとつかみ、洞窟の中に放り込む。
「奴の名を騙った時点でお前は罪人だ。お前には実験台になってもらう。この8年の集大成の」
意識を集中する。終わり無き苦痛と、凄惨な最後をイメージして、ルーンを唱える。僕の右手に黒い霧が立ち上り、周囲の鳥や獣は次々と僕の周りから猛スピードでかけ離れていく。
地水火風、そのいずれにも当てはまらない、僕だけのルーン。それは生と死を司る禁断の力。あいつを殺すために作り上げた切り札。
闇のルーン。