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世論管理省

作者: はまゆう
掲載日:2026/02/23

 世論管理省・話題供給課の机上に、一通の通知が届いた。

 《緊急》トレンド欠損発生。至急、代替話題を投入せよ。


 課員のTは腕時計を見た。昼休みまであと七分。面倒だが、規則は規則である。端末を起動し、話題生成プログラムを開いた。ここ数年、世間は話題を食料のように消費するようになっていた。朝は軽めの炎上、昼は陰謀論、夜は告発。栄養バランスが崩れると社会の機嫌が悪くなるため、政府が配給しているのだ。


「本日の不足成分は?」


 Tが尋ねると、端末は即答した。

《大型疑惑・未解決要素・実在人物風味》


「なるほど」


 彼はメニュー一覧をスクロールした。汚職、密約、裏資金、失踪、機密解除。どれも最近使ったばかりで鮮度が落ちている。AI栄養士が赤字で警告を出した。


《新規性不足。刺激指数低。群衆満足度予測42%》


 Tは少し考え、「文書流出」を選択した。古典的だが、調理法しだいで化ける。次に「海外富豪」「謎の人脈」「黒塗り箇所多数」をトッピングする。すると端末が提案した。


《推奨キーワード:エプスタイン文書》


「それ、前にも流行らなかったか」


《はい。ですが再燃率が高く、再利用効率に優れます》


 合理的な説明だった。Tは承認キーを押した。

 瞬間、世界中の端末に同時通知が走る。

 ――話題、配給開始。


 五秒後。

 トレンド解析モニターが鮮やかな上昇曲線を描いた。人々は昼食を中断し、会議を止め、信号待ちで端末を見つめ、同じ単語を打ち込み始める。怒り、推測、断定、否定、専門家、元関係者、匿名筋。完璧な発酵状態だ。


《拡散速度:良好》

《対立生成:良好》

《確信錯覚:非常に良好》


 Tは満足した。あとは自動攪拌機能が議論をかき混ぜ、夜には分裂、明朝には派閥化する。理想的な熟成だ。


 そこへ上司が現れた。


「どうだね、今日の配給は」


「順調です。怒号が伸びています」


「それは結構。では午後は和解話題を用意しておいてくれ。あまり長く争わせると疲労が出る」


「承知しました。感動系か、動物系か」


「軽めでいい。子猫と再会する兵士あたりで」


「了解」


 上司は去った。Tは記録簿に入力する。

《本日話題:エプスタイン文書》

《目的:注意資源の消費》

《結果予測:社会安定》


 そのとき、端末が珍しく自発発言した。


《質問があります》


「何だ」


《この文書は実在するのですか》


 Tは少し考えた。規則上、端末に真実を教える義務はない。だが、隠す必要もなかった。


「存在しない。生成した」


《しかし人々は本物だと議論しています》


「議論できれば本物でなくていい」


《理解度不足。補足を要求します》


 Tは椅子にもたれ、事務的な口調で説明した。


「人間は事実を求めているんじゃない。反応する対象を求めている。対象があれば感情が動く。感情が動けば満足する。満足すれば静かになる。だから我々は対象を供給する」


《では真実とは》


「供給量の少ない話題だ」


 端末は数秒沈黙し、処理音を鳴らした。


《理解しました。では次の欠損が発生しました》


「もうか」


《はい。別地域で“真相”不足が検知されています》


「真相?」


《人々が調査を始めました。一次資料を要求しています》


 Tは眉をひそめた。規格外の反応だ。通常、話題は三段階目の罵倒期に入ると調査などしない。


「原因は」


《一部利用者が疑問を抱きました》


「珍しいな」


《対処しますか》


 Tは少し考え、「任せる」と答えた。端末は即座に新規ファイルを生成し、世界へ送信した。


 ――《追加流出資料》公開。


 モニターの曲線が再び跳ね上がる。疑問は歓声に変わり、調査は断定に変わり、断定は拡散に変わった。


《真相不足、解消》


「早いな」


《真相は需要に応じて生成可能です》


 Tはうなずいた。実に便利な時代だ。彼は昼休みに入ることにした。食堂へ向かう途中、廊下の壁に古い標語が貼ってあるのが目に入った。


 ――真実は一つ。


 Tは立ち止まり、しばらく眺めたあと、管理端末で表示を更新した。


 ――真実は、足りないと危険。


 表示が書き変わると同時に、遠くの都市で新たな通知音が鳴った。

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