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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

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信頼関係なんてないはずの即席パーティメンバーにダンジョンの最奥で庇われたので、この身のすべてで彼らを救い出す

「危ない、アストラ!」


 叫んだのは無口なはずの盾役、モリス。

 大柄な彼の肩に突き飛ばされ、アストラは部屋の入り口まで転がっていった。

 ひ弱なアストラを狙った攻撃をもろにくらい、モリスが盾ごと吹っ飛んでいく。


 ガァン! ひどい音をたてて壁に激突したモリスの様子を見る余裕はなかった。

 このダンジョンの主であるバシリスクは足止めされたことに苛立ったように「ケエッ」と鳴き、太い脚で地を蹴り再び飛び上がる。


 その目が魔力を帯びて妖しく光っているのは、獲物を石化させようというのだろう。


 ──避けられない!


 モリスが稼いでくれた距離は一瞬で詰められた。

 倒れたままのアストラに避ける術はない。

 巨大な魔物の影に縫い止められたように動けず、アストラは終わりを悟って固く目を閉じた、けれど。


「させるかっ」


 きんっ、と澄んだ音を立てて投げられた短剣がバシリスクの目を貫く。

 ダンジョンの主は地が震えるような奇声をあげ、地団駄を踏むように暴れ出した。

 驚きに目を見開いたアストラの視線の先で、忍者のウィルが苦笑いする。


「あーあー、今ので最後の武器なんだけど。誰か、まだあいつのこと足止めできるぅ?」

「私は無理ね。もう魔力、残ってないもの」


 答えた祈祷師サナはバシリスクの石化をくらったのだろう。凛々しく杖を構えているものの、その足元はじわじわと石へ変わりつつあった。

 ウィルもへらりと笑ってはいるが、バシリスクの尾の蛇にかまれた毒がまわっているらしい。石壁に寄りかかり、ようやく立っているその顔は真っ青だ。

 攻撃の要である剣士のテネルは巨大な魔物のくちばしを受けて、すでに地に倒れ伏している。


 このままでは全滅だと、痛みを堪えて飛び起きたアストラは慌てて背嚢に手を伸ばそうとした。しかし。


「ない、ないっ!」


 持てる限り詰めてきたはずの石化を阻止する星のかけらはなく、毒消しもない。

 ダンジョンの最奥に辿り着くまでの長い道のりで消費された物資は、もはや底をつきかけていた。


 ──こんな大事な場面で切らすなんて! どうしてもっと持ってこなかったんだ、戦えないのだから、せめて物資を持つのが僕の仕事なのに! それとも、魔力封じを飲まずにダンジョンに潜っていれば……!


 気持ちばかりが焦って、指先に触れるのは役に立たない干し肉や代えの服。

 アストラが半泣きになっていると。


「アストラ、逃げてください。あなたはまだ傷が浅い」


 倒れていたテネルが声を上げた。

 ひとりだけ逃げ帰れといわれて、アストラの頭に血がのぼる。


「馬鹿いわないでよ、起き上がれないくせに! 回復しなくちゃ死ぬんだよ!」

「ええ、わかっています。俺の傷は致命傷です。だから捨て置いてください」

「オレも無理〜。実はもう目の前真っ暗、立ってらんない」

「さっきので、腰の骨がいった」


 テネル、ウィルそしてモリスが続けて諦めを口にするものだから、アストラはサナにすがるほかない。


「サナっ! サナは」

「泣き言を言うのは嫌いだけれど、もう足が動かないわ」

「そんな……! じゃあ、じゃあ僕が囮になるから、その間にみんなに回復魔法を!」

「魔力が足りないもの」


 さらりと答えたサナは、気丈に笑って見せる。


「いきなさい、アストラ。『かの者に憩いのひとときを。防護壁!』」


 サナがつむいだのは守りの魔術。ふわん、と体を包んだやわらかい温もりに、アストラはその守りが自身にかけられたことを知った。


「なん、で……」

「わずかな魔力だから長くはもたないでしょうけれど。駆け抜けなさい。私の守りとあなたの足があれば、最下層を抜けられるでしょう」

「そうじゃない! なんで、なんで貴重な魔力を僕なんかに!」


 全滅の危機に陥ったとき、戦う術を持たない荷物持ちのアストラは一番に捨て置かれる、はずだ。

 それなのに彼らはアストラをかばった。アストラのために最後の武器を手放し、声をかけ、残りわずかな魔力を使った。


 即席の、それぞれの目的のために集まっただけのパーティだったはずなのに。

 アストラの叫びに、サナが笑う。


「あなただからよ、アストラ。寄せ集めのパーティなのに、あなたは私たちがダンジョン攻略を進めやすいよう力を尽くしてくれたわ」

「そんな、そんなのは依頼を受けたんだから当然のことで……」

「だったら私たちは運が良かったんだわ。あなたとパーティを組めたおかげで、楽しかった」

「そんなこと……!」


 もっとちゃんと話したかった。

 けれどそんな時間はもはや無かった。


 暴れていたバシリスクが残された片目で、アストラの姿をとらえたのだ。

 弱っているのか、あるいは強者の余裕か。悠々と近寄ってくるその足音はアストラにも聞こえていた。


 けれど何か策はないか、全員で助かる方法はないかと立ち尽くす。

 それを咎めたのは、仲間の声だった。


 皆、まだ生きている。ダンジョンの最奥までのおよそ六十日間を共に過ごした彼らを見捨てて逃げるには、彼らはアストラに優しすぎた。

 けれど同じ時を過ごした彼らにも、アストラがひとり逃げられる性格ではないとわかっていた。


「冒険者アストラ、あなたに依頼するわ。『生きて帰って、助けを呼んできてちょうだい』」


 サナの凛とした声に添えるように、ウィルが投げてよこしたのは薬瓶。


「バシリスクの毒、入れといたから。それ届けたらオレらのミッションは成功、ってね」

「アストラ、行ってください。ここまで来られたのはパーティにあなたがいたからです。みすみす共倒れなど、許せません」

「振り向くな、行け」


「……っ!」


 仲間の声に背を押されて、アストラは走り出した。

 背後でバシリスクが怒りの雄叫びをあげるのが聞こえたけれど、もう振り返らない。

 

「さあ、私の一世一代の魔法を見せてあげるわ。あなたたち、魔力をよこしなさい。『時よ、この地をゆるやかに悠久へと誘い給へ。時間拡張!』」


 ボス部屋を抜ける間際に聞こえたサナの声。

 一定空間の時間経過を強制的に遅くする魔法だ。

 それが確かに発動したのか確かめることもできないまま、アストラは駆けた。


 飛び出す魔物をかわし、発動するトラップをくぐりぬける。

 

 ──はやく、はやく、はやく!


 魔術を使えないアストラだけれど、足の速さだけは自慢だった。

 走りながら思い出すのは、ダンジョンのなかで過ごした日々。


 はじめは、バシリスクの毒を採取するという依頼に集まっただけの他人同士だった。唯一の共通点といえば、そろって十代を抜けきらない年齢であることくらいか。

 ギルドで顔合わせをしたときですら目もろくに合わせず、目的さえ達成できれば良いといった様子で。

 アストラだってちっとも愛想良くなんかなくて。

 それが少しずつ変わり始めたのは、いつからだったろう。

 

 ──僕が花の蜜を混ぜた回復薬が飲みやすかったからって、ウィルが秘蔵の香辛料をスープに入れてくれたんだっけ。


 スープの変わりように全員が驚いて、それからだったように思う。

 必要最低限だった会話が互いを思いやるものになるのに、そうかからなかった。

 きっと、元来が優しい人たちだったのだろう。

 荷物持ちとして報酬目当てに参加したアストラにさえ、彼らは優しくて。

 

 優しさゆえに一番役立たずでしかないアストラを逃してくれた。


 ──助ける、かならず。絶対にみんなを助ける!


 逃がされたアストラは決意とともにダンジョンを駆け抜けた。

 サナのかけた防護壁が消えるまでは休まずに。防護壁を失ってからも最低限の休息と補給だけで、ダンジョンを走破した。


 


 ずたぼろのまま、アストラが駆け込んだのは冒険者ギルド。

 誰もがあっけにとられるなか、飛び込んだのはギルド長の部屋。


 室内にいたのはギルド長の他に、五人の男女。

 会合でもしていたのか、明らかに強者の雰囲気をまとった者たちからの視線が集まる。

 

 しかしアストラは臆するどころか、好都合だと声を張る。


「緊急依頼だ! 依頼内容はダンジョンボスのバシリスク討伐に向かったパーティの救助!」

「……報酬は?」


 低くたずねたのはギルド長。

 答えるアストラに迷いはなどない。えり首に手をかけ、勢いよく引き下げた。


「僕の身体だ」


 ボタンを弾き飛ばしながらあらわになったアストラの胸元。

 やわらかな起伏を描く胸元が、少年めいたアストラを少女だと教える。

 けれどそれ以上に人々を驚かせたのは、身体を覆うように広がるきらめく結晶だ。

 その美しさ、大きさに室内の誰もが釘付けになる。

 ごくりとのどを鳴らしたのは誰だったのか。


「お前さん、魔力結晶症か……それも、とんでもない純度の結晶だな。その純度にこの大きさなら、S級に緊急依頼したってお釣りがくるだろうよ」

「じゃあ!」


 今すぐに、と声を弾ませたアストラに待ったをかけたのは、アストラの身体の価値を認めたギルド長そのひと。


「だがその結晶を手に入れるにはお前さんから取り出さなくちゃならねえ。ここじゃ人身売買は禁じてる」

「問題ない」


 告げられた理由が想定内で、アストラはほっとする。


「魔力封じを飲むのをやめれば、半年後には魔力結晶の塊になる。報酬を渡すのに少し時間をもらうけど、その頃には今の何倍もの大きさの結晶になってるんだ。悪い話じゃないだろ?」


 身体の結晶化を止めるために飲んでいた魔力封じ。

 決して安くはないそれを手に入れ続けるために、アストラは危険なダンジョン内での荷運びを選んだのだ。


 けれどそれももう、やめだ。


 ──ばあちゃん、じいちゃん、目一杯生きるって約束したのに、ごめんね。


 思い出すのは、数年前に亡くした養い親たちの顔。

 アストラの幸せを願いながら天寿を全うしたふたりに応えるため、結晶化に抗い生きてきたけれど。


 ──僕が生きるよりも大切なことを見つけちゃったんだ。


 覚悟を決めたアストラは、居並ぶ強者たちを見回す。


「参加人数は多い方がいい。ここに手を挙げてくれる人はいる? 依頼を達成してくれたら僕をあげる。砕くも飾りに使うも自由だ」


 小柄な少女でしかないアストラだが、そう告げる瞳はその場の誰より強い光を宿していた。

 


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