表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/35

第一部 尼子秘帳 二

 黒鷹精久郎は、大木戸札の辻を通り、江戸へ入った。

 芝橋を渡り、さらに金杉橋を渡って、浜松町を進む。

 そして、左に曲がり、増上寺へ向かう。

 五重塔を目印にして、増上寺を回り込む。

 増上寺の裏手、金地院の前は、雑木林と野原であった。

 ここの野原が、決闘の場所なのである。

 黒鷹精久郎は、空を見上げた。

 空は、一面の黒雲に覆われている。

 太陽で時間を読むことができない。

 黒鷹精久郎は、待った。

 

 二人の武士が現れた。

 若い方の武士、大山新八郎は、黒鷹精久郎を見ると、襷がけをした。

 試合の準備である。

 黒鷹精久郎は、大山新八郎と目を合わせた後、年輩の武士を見た。

 年輩の方の武士、塚原駿郎は、黒鷹精久郎に言った。

「刻限より早く来る……。相変わらずだな、黒鷹精久郎」

 黒鷹精久郎は、黙ったまま、頷いた。

 そして、大山新八郎の方を向く。

 大山新八郎が、言った。

「試合の用意を」

「このままでいい」

「何?」

「常在戦場と心得ている」

「そうだな、おぬしは……。では……、まいる――」

 大山新八郎は、刀を抜き、中段に構えた。

 黒鷹精久郎は、鯉口を切り、一歩下がった。

 にらみ合いが続く。

 空は、一面の黒雲となり、風が強くなった。

 二人はにらみ合ったままである。

 にらみ合いが続く――。

 大山新八郎が仕掛けた。

 切っ先を揺らし、踏み込む。

 黒鷹精久郎も踏み込んだ。

 腰を回し、抜いた刀は、大山新八郎の腕を斬っていた。

「あっ」

 さらに踏み込んで、刀を横に払う。

 大山新八郎は、その場に倒れた。

 塚原駿郎は、呆然として、倒れた大山新八郎を見ている。

 黒鷹精久郎は、刀身を拭い、鞘に収めた。

 黒鷹精久郎は、何もなかったような、静かな声で言った。

「では、約束のものを、明日、受け取りにまいります」

 塚原駿郎は、呆然としていたが、気を取り直して、黒鷹精久郎をみた。

 黒鷹精久郎は、倒した大山新八郎を見て、塚原駿郎に目を戻した。

 決闘に負けて驚いている相手に、すぐに「明日」では、さすがに気が引けた。

 明日は、葬儀で忙しいだろう。

「明後日にいたしましょう。それでは」

 黒鷹精久郎は、歩き始めた。

 塚原駿郎は、呆然としたままであった。

 道場の剣術と実戦の違いを、見せつけられたのであった。

 黒鷹精久郎は、野原から道に出たところで、ふと、立ち止まった。

 何かが……。

 いや、それとも、気のせいか。

 雨が降り始めた。

 黒鷹精久郎は、足を速めた。

 木戸が閉まる前に、宿を探さなくてはならない。


 本郷小石川の、根津権現と白山権現を結ぶ道筋には、寺が多い。

 その道筋の中間あたり、大田備中守下屋敷の近くに瑞竹寺がある。

 大山新八郎を斬った、次の日。

 黒鷹精久郎が瑞竹寺に着いたのは、辰一ツころであった。

 宿で道を聞き、道筋を確認しながら来たのである。

 出来るだけ早く絵図を買い、江戸の地理を覚えなければならない。

 名前の通り、瑞竹寺の庭には竹が配してあり、寺の裏手は竹藪になっている。

 この寺の離れ座敷に、寺の円仁和尚が入ってきた。

 その後ろから、黒鷹精久郎が続く。

 円仁和尚は、障子を開けた。

 裏手の庭の細道から、彼方の竹藪が見える。

「ここですが、如何かな?」

黒鷹精久郎は、十分すぎる部屋だ、という顔つきで頷いた。

「よかった……。他に何か……」

「二つ」

「はい?」

「江戸の絵図を拝借したい。すぐに買うつもりですが、それまでの間」

「私が持っているのをお貸ししよう」

「それと、食事ですが……」

「心配なさるな。酒ですな。心得ておりますわい」

「そうではありません。食事は玄米をお願いしたい」

「江戸へ来て玄米?」

「もしご面倒なら、私が作ります。それに、生味噌があれば、それで結構」

「ふうん……」

 円仁和尚は、皮肉な口調で続けた。

「剣術修行も大変ですのう……」


 その日の昼過ぎまで、黒鷹精久郎は、絵図を見続けた。

 江戸の地理を頭に叩き込む。

 午後は、江戸の町を歩き回った。

 外堀を作っている川沿いに、江戸の町を一周した。

 これで、一日が終わった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ