第二話 魔王との出会い
突如として、悲鳴が響き渡った。
「ま、魔王だ! 魔王の化身だ!」
どういうことだ。確かに自分でも信じられないようなスピードで泳いだが、
それだけで「魔王」だと?
さっきまで俺を心配していた人間が、まるで手のひらを返したかのように逃げ出したと思ったら、そのうちの一人が、全身甲冑姿の兵士を連れてきた。
人間じゃない。背中に、白く輝く翼がある。
川で意識を失いかけた時に見た、誰かの記憶に出てきた姿に似ている。
天使、、、こいつらは、天使じゃなのか、
「貴様を対堕天使法第三条違法の罪で拘束する!」
その兵士は大きな声でそう言って、こちらを睨んだ。
堕天使法? 何が何だかわからないが、
とにかく俺は警戒されていることだけは確かだ。
警戒を解かなければ。
「待ってください……俺は何も……」
パニックになりそうだったが、どうにか声を絞り出し、そう言った。
「ならばその右胸の紋様は何だ? そんな堂々と上裸で、今さら言い逃れをするな!」
紋様? 何のことだ?
そう思い、自分の胸を見た俺は絶句した。
自分でも全く入れた覚えのないタトゥーのようなものが、右胸から右腕にかけて広がっていた。
朽ち果てたような真っ黒な翼、それを囲うように、一輪の紅い薔薇と蒼い薔薇があった。
なんだよ。何なんだよ、これ。
あれからどれほど走っただろう。もう外が暗い。
あの兵士に追われたが、自分でもビビるほど速く走ることができた。
今思えば、川に落ちて死ななかったのも、
馬鹿みたいに速く泳げたのも、
こんな遠くまで走れたのも、この紋様のせいなんじゃないか?
そんなことを考えながら、誰もいない路地裏に座り込む。
寒い、、、、、
逃げられたというほんのわずかな安堵と、
この世界でこれからどうしようという不安が同時に押し寄せる。
すると、どこからともなく少女の悲鳴と、野太い男の声が聞こえてきた。どうやら追われているらしい。
声をたどると、男のほうが包丁のようなものを持って少女を追っている。
男は「今回こそは許さん!」と叫んでいる。
正直、自分のことでいっぱいいっぱいで、助けるかどうか迷った。
だが、もし助けたら、この世界のことをいろいろ教えてくれるかもしれない。
打算的かもしれないが、まあいいだろう。
「やめろ」
俺は少女の前に立ち、そう言った。
「あんたは誰だ?関係ないだろう!」
男はそう言い放ち、俺を睨みつけた。
しかし、俺の胸の紋様に気づいたのか、その目が一瞬で恐怖に染まる。
「そ、その紋様は……まさか、堕天使か…!?」
男はそう叫ぶと、手にしていた包丁を投げ捨て、一目散に逃げ出してしまった。
やはり、この世界でこの紋様は恐怖の対象らしい、、
「あ、あの、、ありがとうございます」
消え入りそうな、弱々しい声で少女はそう言った。
少女は、俺の紋様を見て最初は怖がっていたが、助けたことが幸いしたのか、逃げることはなかった。
薄汚れた服を着た少女は、震えながらも、俺にこの世界のことを教えてくれた。
その少女は名前をルミナと言うらしく
ルミナの話をまとめると、
・この世界には神様が統治するエデンディア、
残虐な魔王が統治するリベルタスという二つの国が存在する。
・ここはエデンディアで、長年にわたり戦争している。
・俺の紋様はリベルタスの魔王を想起させるため、追われたんだそうだ。
俺がただこの世界のことを知りたいだけだとわかると、
ルミナは少しずつ警戒を解いてくれたようだ。
助けてくれたお礼にと、なんと一晩泊めてもらえる上、
上着まで分けてもらえることになった。
ルミナの家に向かう途中、彼女は色々なことを話してくれた。
自分の母が重い病気で意識が戻らないこと、
父親が逃げ出してしまったこと、
そしてまだ働けない自分が、寝たきりの母にお腹いっぱい食べさせるために、日ごろから色々なものを盗んでいること。
その声は、消え入りそうに弱かった。
そしてルミナの家でお世話になってから7日が経った。
「あの、なんで嶺はお母さんのためにそんなに尽くしてくれるの?」
柔らかい声でルミナがそう言った。
俺は家にお邪魔してからずっとずっとルミナの母を介護していた。
「俺にもよくわからないけど、死んだ親父、、あぁ!違う! 今は元気な親父もこんな感じで介護してたから、放っておけなくてさ、」
(危ねぇ、死んだとか言ったらルミナを不安にさせちまう、、)
咄嗟に言葉を飲み込み、俺はなんでもないかのように笑って見せた。
この七日間で俺とルミナはすっかり打ち解けることができた。
滞在は一日だった予定も、俺が身体能力を生かしてルミナの代わりにものを盗むことで、家にいさせてもらえた
「少し、川に水汲んできますね!」
ルミナは俺の言葉にキョトンとしながら、そう言った。
「あぁ、気を付けて」
ルミナが行ってからすぐにドアのノックがなった。
だろうか、珍しいな……
ドアを開けるとヨボヨボのおばあちゃんがかご一杯のリンゴを持って立っていた。
「あの、取れすぎちゃったので、これ、もらっていただけませんか?」
最初は警戒したが、どうやらルミナとは昔馴染
みらしい。
いつもよくしてもらってるからお礼とのこと。
そういうことならと、ありがたく頂戴した。
ルミナが帰って来てから食べようと思ったが、空腹なのと、大量にあるので、
一口かじってしまった。
一口かじった瞬間、全身の血が抜けていくような、あの耐え難い不快感が襲ってきた。
(なんでだ… 儀式じゃないのに……)
そう思った時にはもう遅く、脳が痺れるほどの、背徳的な快楽に意識が飲み込まれていった。
俺は堪えきれず、その場に倒れ込んでしまう。
「は?」
次に目が覚めた時、俺は真っ暗な、何もない空間に立っていた。。
混乱していると、突然、俺の脳内に直接、声が響いた。
「おい……こっちにこい」
ノイズが混じった、まるで機械のような冷たい声だった。
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次は9月14日午後9時です