第3話 いざ配信!
背中から水に落ちたような、前後不覚の不思議な感触があればポータルでの転移は成功だ。
移動のたびに、三半規管がかき回されたようで気持ち悪くなる。何百何千と味わってきたが、未だに慣れない。
「さて、機材の準備をしなくては。少年、手伝いたまえ」
お姉さんがぱちっと指を鳴らすと、大人が1人入れそうなくらいの大きさのコンテナが現れた。
――〝現れた〟?
何もない場所から降ってきたような感じもした。コンテナは生きているワケじゃない。お姉さんが〝呼び出した〟。そうに違いない。
そのコンテナの中にはドローンにノートパソコンに通信を中継するアンテナなど、本格的な配信の機材がおもちゃ箱のようにぎっしりと詰まっていた。
「すげぇ……これが本物のドローン……!! これ、広告で見たやつだ!」
「ああ、なんでも最新の〝ふらっぐしっぷ〟とかなんとかだからねぇ」
俺の記憶が確かなら、値段は3桁万円したはず。このお姉さん、本当に配信マネージャーなのかもしれない。
奥ゆかしいモーター音と共に、それは飛び立った。
ここは黎明期のダンジョン。
全体は円筒状で、中央が大きな吹き抜けになっている。いま俺達がいる最上階から下層まで螺旋状の一本道の、初心者向けダンジョン。
…………の、裏バージョン。構造はそのままにモンスターやアイテムのランクが跳ね上がった高難易度ステージだった。
通称はタテウラ。かつてはレベリングのルートとして紹介されていたが、今じゃご覧のように人っ子一人いやしない。
ドローンはテストフライトでダンジョンの最下層まで潜っていく。
ノートパソコンに、ドローンが現在進行形で撮っている映像が映る。懐かしい顔ぶれのモンスターがこっちに気付いて攻撃をしようとするも、ドローンは視点を揺らすことなく回避する。
「あ、ここにEミートが落ちてるってことは、今回のボスはアイド・オークですよ」
「ほう? アイテムからパターンを把握しているのかい? どれ、答え合わせに最下層まで潜らせてみようじゃないか」
螺旋状のルートを無視し、吹き抜けを下降していくドローン。
……にしても、映像が綺麗だ。
「あ、ほら! アイド・オーク!」
「あれが〝あいど・おーく〟というのだね。初めて見る」
アイド・オークは、C級のモンスターであるオークに目玉がたくさん付いてるやつだ。なかなかキモい。
ちなみに、名前に「アイド」が付くものは基本的にこうで、相手の死角が無くなるのと、魔法攻撃力と魔法耐性が上がる。
グレードもオリジナルのモンスターの2段階上になる。
なのでアイド・オークはA級。
A級討伐に適正のある探索者になるには、目安として2000時間の修練が必要といわれている。
「お姉さんって、何級ですか? 探索者ライセンス」
「F級だよ。俗に言うペーパーというヤツだがね」
「通りで。ていうか、いくらマネージャーとはいえこんなダンジョンに来て良かったんですか!?」
「ん。構造には見覚えがあるんだが、どうもモンスターやアイテムが記憶と違っていてね」
「裏ーーッ!! ここ裏だから!! お姉さんの記憶の中のダンジョンは初心者向けのとこでしょーーッ!!!!」
「……? うら? うちの事務所は社長が占いもやっている。良かったら少年も占われてみるといい」
――ダメだーッ! このお姉さん。ダンジョン探索にかけてはぺーぺーだぁ……。
「俺、出会いの運は末吉くらいだと思います」
「縁結びが必要かい? 良い神社を知っている」
「は、はぁ……」
そんなどうでもいい話をしていたら、パソコンから「ガッ」という音がした。
俺達はパソコンに向き直る。そこには、天地がひっくり返ったダンジョンの映像が。
「あ」
「ああああ!! ドローンが墜落しているじゃないか!! 高いんだぞ!!」
お姉さんが取り乱している。俺の肩を抱いて激しく揺する。
ドローンはその間も、相変わらずの綺麗な画質でアイド・オークを映していた。アイド・オークを綺麗に録ったってグロいだけで何もありがたくないが。
「これ、ドローンは自力で戻って来れないんですか?」
「そのようだ。回収に向かうしかない。さあ、ついてきたまえ!」
お姉さんはコンテナからハンディカメラを持って、意気揚々と奥へ歩き始めた。
「ちょ! セツナさん! 配信はどうするんですか配信は!」
「配信どころじゃないのが見てわからないのかい! さっさと救助しにいかなくては!!」
F級のくせに。
………………
…………
……
「……多分、アイド・オークはオールドスクールに区分されるんで、最新型のドローンじゃ回避に対応してなかったんでしょうね」
「何を言っているんだ少年! まったく意味がわからないねぇ!」
「ええと……つまり……このダンジョンは時代遅れって話です」
「それは知っているとも! だからノスタルジーな方向に……と考えていたところじゃないか!」
お姉さん、逆ギレ中です。よっぽどドローンが大事らしい。まあ100万とかするものみたいだし、気持ちは分かる。
ということで、タイトスカートにハイヒールのお姉さんがついてこれる程度に走った。彼女に先を行かれるワケにはいかない。
「お、おい少年! 前方にモンスターだ!」
お姉さんは物陰でカメラを構えた。ダンジョン備え付けの松明の位置からして、悪くはないポジション取りだ。
ちゃんと俺が影にならず映る。
「スケルトン・シンデレラだ! 懐かし〜」
俺はポケットから5番目のナックルを取り出した。
灰色にくすんだ人骨に向かって拳を叩き込む。
例えるなら乾いた泥団子を崩すような感触。
ああいう、ちょっと力を加えただけでボロボロと崩れるような感じで、そいつは砕け散った。
C級モンスターは弱点属性を突けば一撃。
何の考えもなしにこのダンジョンを選んだワケじゃない。戦闘面でちょうどいい難易度がここだったのだ。
「さすが烈斗一斗豪の一員なだけはあるようだ」
「そりゃまあ、探索役とはいえSS級パーティ所属なんで」
お姉さんは戦闘が終わってもこちらにカメラを向け続けている。何か、察した。
「……? もしかして――」
「――配信中だよ」
「ええええええええ!! 配信始めたならそうと言ってくださいよ! ていうか、学生探索者には収益下りないって言ったじゃないですか!」
「いや? わたしは偶然、君と出くわしただけだが。このチャンネルだってわたしのものだ」
――あ〜〜、なるほどね。そういう体でいくのね。
あとから運営にバレたらチャンネル凍結だぞ〜、と心の中でツッコんだ。
「え、えっと……どうも〜! 烈斗一斗豪の慈姑 編人でーす。今日はソロで潜ってたら、場違いな初心者お姉さんがいたからキャリーしてまーす」
色々と手遅れな気がする。振り回されてる憂さ晴らしに、お姉さんのことを初心者だと言ってやったが、本人は特に気にしていない様子。撮り続けている。
「スケルトン・シンデレラの〝シンデレラ〟は灰かぶりっていう意味なんですよ〜! だから灰色なんですね〜!」
お姉さんはただでさえ前髪で表情が隠れているのに、左目もカメラで見えない。マネージャーなんだから、ハンドサインで色々教えて欲しいものだが……。
「弱点属性は聖属性! 物理防御力も低めなので、対策にナックルを用意しておくといいかもです!…………まぁ、流行りの遺跡型ダンジョンじゃスケルトン・シンデレラなんて見かけないけど」
突然、お姉さんがカメラを下ろした。
じとっとした目が俺に向けられる。何か言いたげだった。
「…………なんすか」
「〝変身〟したまえ」
俺は腕を交差させバッテンを作った。それはできない。
彼女も腕をクロスして意志表示をする。真剣な眼差して訴えかけてくる。
「いいだろう少年。そっちがその気なら、わたしは君の秘密を配信に載せる。マジッコ・アミコの正体は――」
「いいですよいいですよ勝手にし――? げえッ! やめ、ちょ、やめ!! ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
叫ぶ俺の姿に、お姉さんはいたずらっぽく笑った。
鼻を鳴らし、何食わぬ顔で俺を追い抜かして行く。
「は、はは……大丈夫……だよね?」
あまりの横暴さに膝から崩れ落ちた。
現時点で同接が何人なのかはわからないが、アミコちゃん特定班の凄まじさは俺が一番よく知っている。
やつらはガチ恋勢の期待を背負って、アミコが出没した情報をかき集めている。探偵を雇っているという話も聞いたことがあるくらいだ。
迂闊にアミコちゃんの名前を配信で語ろうものなら、特定班に監視体制を敷かれることになる。
それを知ってか知らずか、お姉さんは……。
意地悪さドSSS級だ。
F級のくせに。




