第9話:二つの未来、一つの選択
天皇の苦悩と密命の伝達
昭和天皇は、第7艦隊からの「帰還の条件」を聞き、深い苦悩の中にいました。ミッドウェー海戦。それは日本にとって避けられない敗北であり、その後の悲劇へと繋がる歴史の転換点です。第7艦隊が帰還するためには、その「歴史的な戦い」が起こらなければならない。しかし、その戦いを容認することは、自国の兵士たちの命を犠牲にし、未来の悲劇を確定させることにも繋がりかねません。
天皇は、この情報を日米両国の首脳に伝えるべきか、否か、深く考えました。もし伝えれば、日米の不信感はさらに深まるでしょう。しかし、隠し通すこともまた、真実を歪めることになります。
熟考の末、天皇は、この情報を日米の主要な関係者、特に東條英機首相、山本五十六連合艦隊司令長官、そしてアメリカ側のルーズベルト大統領、ハズバンド・キンメル提督、ジョージ・マーシャル大将に、極秘裏に伝えることを決断しました。ただし、その伝え方には細心の注意を払いました。
「この情報は、未来からの警告であり、我々が直面する運命の選択である。彼らは、歴史を改変する意図はないと申す。しかし、彼らの帰還が、ミッドウェーでの大規模な戦いを必要とするという…」
天皇の言葉は、彼らが「歴史の必然」をどう受け止め、どう行動するのかという、重い問いを投げかけるものでした。
日米首脳の衝撃と反発
天皇からの極秘情報を受け取った日米の首脳陣は、再び激震に見舞われました。
「ミッドウェーで、我々が敗れる…だと!?そして、彼らが帰還するために、その戦いが必要だというのか!?」
山本五十六は、怒りと絶望がない交ぜになった表情で唸りました。東條英機もまた、顔を紅潮させていました。自国の敗北が、未来人の帰還の条件であるという事実は、彼らのプライドを深く傷つけました。
アメリカ側も同様でした。ルーズベルト大統領は、その情報に深い憂慮を示しました。
「彼らは、我々が彼らを『敵』と見なすことを恐れている。しかし、彼らの帰還が、我々の歴史上の大戦を必要とするというならば…これは、我々に対する脅迫ではないのか?」
キンメル提督やマーシャル大将は、第7艦隊の真意をさらに疑い始めました。彼らが「歴史を改変しない」と言いつつ、その存在自体が歴史を歪め、さらに自らの帰還のために歴史上の戦いを必要とするという矛盾に、強い不信感を抱いたのです。
日米間の秘密同盟は、この情報によって、再び深い亀裂が入り始めました。第7艦隊への警戒心は、彼らの圧倒的な技術力への畏怖と、彼らがもたらす「未来」への恐怖へと変化していきました。
第7艦隊内部の分裂、激化
一方、第7艦隊内部では、日米への情報開示と、帰還条件の提示によって、内部の分裂がさらに激化していました。
「提督!なぜ、あんな情報を開示したのですか!?彼らは我々をさらに警戒し、敵視するでしょう!」
強硬派の士官たちは、マクドナルド提督の決断に猛反発しました。彼らは、日米に未来の情報を与えることで、かえって自分たちの立場が危うくなると考えていました。
「我々は、彼らに真実を伝える義務がある。そして、彼らがこの状況をどう受け止めるか、それもまた歴史の一部だ。」
マクドナルド提督は、疲労困憊しながらも、自らの信念を貫こうとしました。しかし、艦内の士気は低下し、規律も緩み始めていました。一部の乗員は、未来の技術をこの時代で利用し、自らの生存を確保しようと画策し始めていました。
特に、核弾頭搭載型トマホークを装備する駆逐艦の艦長たちは、提督の「歴史への非干渉」という方針に疑問を抱き始めていました。彼らは、もし帰還が不可能になった場合、自分たちの持つ圧倒的な力で、この時代を「より良い未来」へと導くべきだと考えるようになっていました。
弘前からの信号、その意味
その頃、第7艦隊のCICで感知された青森県弘前市からの微弱な未来の信号は、解析チームによって少しずつ解明され始めていました。
「司令!この信号は…過去の我々、つまり2024年の第7艦隊が、タイムスリップする直前に発信した、緊急のデータログのようです!」
解析主任が興奮した声で報告しました。それは、第7艦隊がタイムスリップした際に、時空間の歪みによって、一部のデータが過去の特定の地点に「漏れ出し」、それが未来からの信号として感知されていたのです。
「データログ…?そこに、何が記録されている?」
マクドナルド提督は、希望と不安がない交ぜになった表情で尋ねました。
「まだ完全にはデコードできていませんが…断片的な情報から判断すると、タイムスリップの原因、そして、この時代で我々が直面するであろう危機に関する、警告のメッセージのようです!」
それは、未来の自分たちからの、過去の自分たちへの警告でした。しかし、その警告の内容はまだ不明瞭であり、完全に受信するには、この時代の技術では不可能でした。
この新たな発見は、第7艦隊にとって、帰還への新たな手がかりとなる可能性を秘めていましたが、同時に、彼らが直面するであろう「危機」が何であるのか、という新たな不安をもたらしました。歴史の歯車は、未来からの警告を受け、さらに複雑な運命へと向かい始めていました。