第8話:未来への架け橋
未知の信号、そして過去からの呼びかけ
第7艦隊のCICで感知された微弱な未来の信号は、マクドナルド提督に新たな希望をもたらしました。解析チームは昼夜を問わずその信号の特定に当たっていました。
「司令!信号の発信源を特定しました!日本の…青森県、弘前市です!しかし、2024年現在、この地域には我々の通信施設は確認されていません!」
報告に、提督は驚きを隠せませんでした。なぜ、日本の、しかも軍事施設がないはずの場所から、未来からの信号が届くのか。そして、その信号は、次第に安定したパターンを示し始めていました。
「これは…モールス信号か?いや、違う…もっと複雑な、データパケットのような…」
分析が進むにつれ、その信号が単なる通信ではなく、何らかのデータ転送を試みていることが判明しました。しかし、1941年の技術レベルの環境では、その信号を完全に受信し、デコードすることは不可能でした。
天皇の密使と第7艦隊の真意
その頃、昭和天皇の密使は、太平洋上の第7艦隊が隠れている海域へと向かっていました。密使は、天皇の命を受け、第7艦隊に直接接触し、その真意を探るという極秘任務を帯びていました。彼らは小型潜水艇で、第7艦隊が発する微弱な音響信号を頼りに、水深数百メートルの海底へと潜航していました。
「こちら、密使。貴艦隊に対し、陛下の御意を伝える。我々は貴艦隊がこの時代に現れた真の理由を知りたい。そして、未来へ帰還する方法があるならば、我々は可能な限りの協力を惜しまない。」
密使は、事前に第7艦隊から教えられた通信周波数を用い、日本語でメッセージを送りました。このメッセージは、第7艦隊が日米首脳部に送ったメッセージとは異なり、より個人的で、深い意図を探るものでした。
第7艦隊のCICでこのメッセージを受信したマクドナルド提督は、驚きを禁じ得ませんでした。日米の首脳部はあくまで「未知の脅威」として自分たちを警戒しているはず。しかし、この密使は、明らかに自分たちの「帰還」というテーマに直接触れてきたのです。
「これは…天皇陛下からの直接の呼びかけか…」
提督は、これがただの偵察ではないことを悟りました。彼は直感的に、この接触が、未来へ帰るための重要な鍵となるかもしれないと感じました。
帰還への条件:歴史的な戦い
マクドナルド提督は、日米首脳部には隠し続けていた、**タイムスリップの「鍵」**について、密使に対して開示することを決断しました。
「密使殿、貴殿からのメッセージ、確かに受け取りました。我々がこの時代に閉じ込められた原因、そして未来へ帰る唯一の可能性について、お話しいたしましょう。」
提督は、通信回線を確保し、ミラー少佐に通訳を命じました。
「我々のタイムスリップは、時空間に生じた特異点によるものです。そして、解析の結果、この特異点を再び開き、現代へ帰還するためには、この時代の歴史において極めて重要な『エネルギー』が必要であることが判明しました。」
ミラー少佐は、ゆっくりと、しかし明確な日本語で語り始めました。
「その『エネルギー』とは、具体的に言えば、歴史上の大規模な衝突、特に海軍の大規模な艦隊戦によって発生する、膨大な物理的エネルギーと、それに伴う時空間への影響です。我々の解析では、最も可能性が高いのは、この太平洋で起こるはずだった**『ミッドウェー海戦』**です。その戦いで発生するエネルギーを利用することで、我々は現代へ帰還できると予測されています。」
密使は、その言葉に絶句しました。ミッドウェー海戦。それは、日本にとって破滅的な敗北となるはずの戦い。そして、第7艦隊は、それを自らの帰還のために利用しようとしているというのか。
「しかし、我々は歴史を改変するつもりはありません。我々は、そのエネルギーを『利用』するだけで、戦いの結果に直接介入するつもりはありません。ただし…」
ミラー少佐は一呼吸置きました。
「もし、その戦いが起こらず、エネルギーが発生しなければ、我々は永遠にこの時代に閉じ込められることになります。そして、歴史が大きく歪んでしまう可能性もあります。」
それは、第7艦隊が帰還するためには、日米が再び大規模な戦いを繰り広げ、そして日本が敗北する、という、あまりにも皮肉で残酷な条件でした。密使は、この情報を、如何にして昭和天皇に伝えるべきか、深く苦悩しました。
揺れる決断
この極秘のメッセージは、直ちに昭和天皇の元へ届けられました。天皇は、その内容を聞き、静かに目を閉じました。
「ミッドウェー…そうか、それが…」
天皇は、自らが予見していた「未来からの来訪者」の真の目的を知りました。彼らは、歴史を修正するために来たのではなく、自分たちの帰還のために、歴史の大きな流れを利用しようとしている。そして、そのために必要なのは、日本の敗北が伴う大戦だという事実。
この情報は、日米の首脳部にはまだ伏せられたままでした。しかし、天皇は、この情報を日米にどう伝えるべきか、そして、この「歴史の必然」ともいえる戦いを、第7艦隊の帰還のために容認すべきなのか、あるいは何としてでも回避すべきなのか、という究極の選択を迫られることになりました。
歴史の歯車は、誰もが想像しなかった形で、さらに複雑に、そして残酷な方向へと回り始めていました。