第5話:不信と理解の狭間で
日米首脳の困惑と戦略会議
ワシントンD.C.の極秘会議室。スクリーンに映し出された未来人の言葉は、日米の首脳陣に深い衝撃を与えました。一瞬の静寂の後、会議室はざわめきに包まれます。
「未来からの来訪者だと?そんな馬鹿なことがあり得るのか!?」
ハズバンド・キンメル提督は、顔を蒼白にして叫びました。ジョージ・マーシャル大将もまた、信じられないという表情でスクリーンを凝視しています。辻政信中佐だけは、その顔にわずかな興奮の色を浮かべていました。
フランクリン・ルーズベルト大統領は、一瞬の動揺の後、冷静さを取り戻しました。彼は、自らの執務室でこの映像を見ていました。
「彼らが嘘をついていると断定できる証拠はあるか?日本の報告、そして我々のPBYの目撃証言、そしてこの…未曾有の技術。これらが全て一致するならば、彼らの言葉を信じる以外に、合理的な説明はつきにくい。」
ルーズベルトは、常識を遥かに超えた現実を、政治家としての冷徹な目で分析していました。彼らが未来から来たという事実を認めることは、想像を絶する事態を意味します。しかし、目の前の脅威を退けるには、この「未知の艦隊」の真意を探るしかないと直感しました。
日本側の大本営でも同様の混乱が広がっていました。昭和天皇の「予見」が現実になったことに、東條英機首相と山本五十六連合艦隊司令長官は、驚きを隠せません。特に山本は、自らの敗戦と戦後の日本の姿が脳裏をよぎり、深い動揺を覚えていました。
「彼らは…我々が歴史で学んだ『未来』を変えに来たのか…?それとも…?」
日本、アメリカ双方で、この「未来からの来訪者」をどう扱うか、緊急の戦略会議が繰り返されました。共通の結論は、彼らが敵意を持っていないという言葉を信じるならば、彼らの持つ圧倒的な技術力は、現在の脅威に対抗するための唯一の希望となり得る、ということでした。しかし、その技術をどう制御し、どう利用するのか、手探りの状態でした。
第7艦隊の内部問題と食料危機
一方、太平洋上で身を潜める第7艦隊の艦内では、未来からのコンタクトが成功したにもかかわらず、深刻な問題に直面していました。
「司令!食料と飲料水の残量が限界です!このままでは、あと一週間も持ちません!」
補給担当の士官が、切迫した声で報告しました。自力での調達は不可能であり、現代世界からの補給も途絶えたまま。飢餓と喉の渇きは、乗員たちの士気を著しく低下させていました。
「提督、これ以上隠れてはいられません。我々は、この時代の協力を得るしかない。さもなければ…飢えと病で全滅です。」
艦長の一人が、現実を突きつけました。マクドナルド提督は、厳しい表情で沈黙しました。彼らが未来人であることを明かしたのは、まさにこの瞬間のためでした。しかし、補給を求めることは、同時に自分たちの技術をこの時代に持ち込むことを意味します。それは、歴史へのさらなる干渉であり、彼が最も恐れていたことでした。
艦内の分裂も深刻化していました。未来の知識を使ってこの時代の覇権を握ろうとする強硬派と、あくまで歴史に介入せず、帰還の道を探すべきだという穏健派の対立は、食料危機によってさらに悪化していました。
「提督!我々の命が懸かっているのです!なぜ未来の技術を使わないのですか!?」
ある士官が、感情的に詰め寄りました。マクドナルド提督は、艦内の空気の重さに耐えながら、最後の決断を下しました。
「…分かった。これ以上は無理だ。しかし、条件がある。技術の提供は最小限に留める。そして、我々の帰還のために、彼らの協力を得るのだ。」
日米共同による接触の試み
「未来人」からのメッセージを受け、日米は急遽、彼らとの直接的な接触を試みることに合意しました。場所は、第7艦隊が最後に姿を現したハワイ沖の公海。しかし、いかなる罠も警戒し、厳重な警備体制が敷かれました。
日本側からは、伊20潜の吉野少佐が、その通信能力と「未来人」との接触経験を買われ、再び指名されました。アメリカ側からは、太平洋艦隊の航空専門家であるマーク・キンブル大佐が派遣されました。彼らは小型潜水艦と飛行艇で連携し、接触を試みます。
吉野少佐は、伊20潜の艦内で、キンブル大佐と並んで座っていました。言葉は通じないものの、互いの顔には共通の緊張感が漂っていました。
「向こうからの信号はありますか?」キンブル大佐が尋ねました。通訳を介して、吉野少佐は答えます。「まだありません。ですが…彼らが接触を望んでいることは確かだと、私は信じています。」
その時、ソナーに、あの奇妙な水中音響信号が再び捉えられました。それは、まるで彼らを招き入れるかのような、穏やかな響きでした。
「司令!反応あり!例の信号です!」
吉野少佐は、キンブル大佐に顔を向け、頷きました。吉野の指示により、伊20潜は慎重に音響信号を返し、第7艦隊の示す方向へと進み始めました。未知への接触が、今、深海の底で始まろうとしていました。