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第1話:真珠湾の夜明け

未知への跳躍

2024年、太平洋の広大な海域。アメリカ海軍第7艦隊は、横須賀を母港とする揚陸指揮艦「ブルー・リッジ」を旗艦とし、原子力空母「ロナルド・レーガン」と、間もなく配備交代する「ジョージ・ワシントン」が参加する、異例の引継ぎ訓練の真っ只中にいました。深い濃霧が全てを覆い尽くし、艦隊はレーダーと洗練されたセンサーのみを頼りに航行を続けていました。訓練が終われば、愛する家族の待つアメリカ本土へ帰れるとあって、「ロナルド・レーガン」の乗員たちは、誰もがその日を心待ちにしていました。


その時、異変は前触れなく訪れました。


まず、艦隊全体の通信システムが沈黙しました。ホノルルの司令部との定期連絡はもちろん、艦隊内の各艦との秘匿通信すら途絶。そして、もっとも恐ろしいことに、GPSが完全に機能しなくなったのです。 全ての衛星通信がエラーを吐き出すばかりで、位置情報は皆無に等しかったのです。


「どういうことだ!? ホノルルの司令部に連絡を取れ! 何が起きている!?」


旗艦「ブルー・リッジ」のCIC(戦闘情報センター)に、第7艦隊司令官、ジョン・A・マクドナルド提督の張り詰めた声が響き渡ります。通常の通信途絶とは明らかに異なる、不自然な沈黙。彼は最悪の事態を想定しました。


「通信が完全に秘匿されていると認識した。これは、ホノルルの司令部が攻撃を受けている可能性が高い! 全艦、最高警戒態勢!周囲を警戒せよ!」


しかし、いくら周囲を探しても敵影は見当たりません。濃霧は相変わらず深く、彼らを包み込んでいました。


数時間が経過し、焦燥が募る中、マクドナルド提督は一つの決断を下しました。

「衛星が使えないなら、昔ながらのやり方で位置を確認する。天体航法で艦隊の位置を割り出せ!」

現代の艦隊ではほとんど使われることのない、星や太陽の位置から現在地を割り出す古の技術。その命令に、CICの誰もが内心で「まさか、この濃霧の中でそんなことができるわけがない」と思ったでしょう。しかし、提督の張り詰めた空気に逆らえる者はおらず、半信半疑で測位の準備に取りかかりました。


その直後でした。まるで彼らの決断に呼応するかのように、艦隊を取り巻いていた濃霧が急速に薄れ始めたのです。数秒のうちに視界は晴れ渡り、漆黒の夜空には満天の星が、これでもかとばかりに輝きを放っていました。


「司令!天体観測の結果、本艦隊の位置は…北緯21度、西経157度付近…ハワイ、パールハーバー(真珠湾)沖です!」


CICに衝撃が走りました。ハワイ?なぜ?そして、この座標は…。彼らが混乱と情報不足の中、原因を探る間にも、通信士たちは必死にあらゆる周波数で衛星通信を試みましたが、全く応答はありません。レーダーには、不鮮明ながらも、彼ら自身の演習艦隊とは全く異なる、夥しい数の大型艦らしき影が映し出されていました。濃霧の中で詳細は不明ながら、その不自然な密集度と数が、異常事態をさらに強く印象付けました。


東の空が白み始め、やがて朝焼けが差し込んできました。


歴史の目覚め

マクドナルド提督は、艦内の主要士官たちを緊急ブリーフィングルームに集めました。

「諸君、現状を報告する。我々は全ての通信手段を失い、GPSも機能しない。そして、天体航法の結果、現在地はハワイ、真珠湾沖だ。周囲のレーダー反応、そして夜明けと共に視界が開けてきたことで、ある信じがたい事実が判明した。情報官、説明せよ。」


情報官は、憔悴しきった顔でプロジェクターを指しました。そこには、現在の真珠湾周辺の電子海図と、歴史上の艦艇配置図が並べられていました。

「司令…ご覧ください。夜が明け、視界が開けるにつれ、真珠湾に停泊しているのがはっきりと確認できました。この艦艇の配置…形状…そして、停泊している艦艇の数と種類…これは、我々のデータベースにある、第二次世界大戦時の、真珠湾に停泊していた米太平洋艦隊の配置と、寸分違わず一致します!」


CICに重い沈黙が降り注ぎます。誰もがその意味を理解しかねていました。あまりに馬鹿げています。しかし、目の前の現実は、彼らの常識を完全に凌駕していました。


マクドナルド提督の脳裏に、未来で学んだ真珠湾攻撃の悲劇、そして続く太平洋戦争の惨禍が鮮やかに蘇りました。彼の顔には、このありえない事態に直面した戸惑いと、恐怖が交錯していました。しかし、彼は軍人でした。与えられた状況下で、最善を尽くすのが彼の使命です。


「…信じられん…。だが、このデータが示すものが真実ならば…」マクドナルド提督は、固く拳を握りしめました。「情報官、この配置が記録されている、歴史上唯一の日付は何だ?」


情報官は震える指で端末を操作し、絞り出すような声で答えました。


「1941年12月7日の夜明けです、司令!」


それは、人類史に残る未曾有の事態への、決定的な宣告でした。彼らは、未来から時を超え、避けられない運命の朝に降り立ってしまったのです。


マクドナルド提督は、深呼吸をして、艦隊の全艦艇に明瞭な声で告げました。


「全艦に告ぐ!本艦隊は、この時空の歴史に、これ以上の干渉はしない! 直ちに針路を変更し、日本艦隊の想定進路から離脱せよ!我々の存在が、この時代の歴史に影響を与えることは許されない!」


彼は、未来人としての倫理に基づき、歴史への介入を避ける選択をしました。しかし、時すでに遅し。


最初の遭遇:未来vs過去の空

真珠湾沖を離脱しようとする第7艦隊に、刻一刻と日本海軍の南雲機動部隊が迫っていました。夜明けの空の中、互いの存在をレーダーで捉えながらも、その認識には決定的な隔たりがあったのです。日本海軍は、目の前の巨大な未確認艦隊を、真珠湾攻撃の障害となる「新手の米艦隊」と断定していました。彼らは既に大本営からの攻撃命令「ニイタカヤマノボレ一二〇八」を受けており、攻撃決行のため全速で真珠湾へと向かっている最中でした。


「司令!西方より、多数の航空機が高速で接近!日本機動部隊の攻撃隊と思われます!我が艦隊のレーダーに捕捉されました!」

CICに、緊迫した報告が響き渡りました。


マクドナルド提督の顔色が変わります。歴史に干渉しない選択をしたにも関わらず、既に日本の攻撃隊に捕捉されてしまったのです。彼の懸念していた最悪の事態が、まさに目の前で起こっていました。


その頃、南雲機動部隊の旗艦「赤城」では、航空参謀からの報告に南雲中将の顔が強張っていました。

「司令!偵察機より入電!真珠湾の手前に、大規模な未確認艦隊を確認しました!空母艦載機らしき航空機を多数保有している模様!恐らく、奇襲に備え不在だった米空母艦隊と思われます!」


南雲中将は苦虫を噛み潰したような顔で叫びました。「まさか、この期に及んで米空母が!全機発艦!目標、未確認艦隊!奇襲の成否に関わらず、これ以上の障害は許さん!」


空母「赤城」「加賀」「蒼龍」「飛龍」の飛行甲板から、九七式艦上攻撃機や零式艦上戦闘機が次々と早朝の空へ舞い上がりました。真珠湾攻撃に先立つ、まさかの交戦。奇襲の成功のためには、いかなる障害も排除するしかなかったのです。


マクドナルド提督は、激しい葛藤に苛まれました。このまま交戦を避ければ、歴史は史実通りに進み、真珠湾は壊滅するだろう。しかし、介入すれば、未来に何が起こるか分からない。彼は、一瞬の逡巡の後、苦渋の決断を下しました。


「迎撃用意!ただし、最小限の被害で無力化せよ! 撃墜は最終手段だ!F/A-18E/Fスーパーホーネット、F-35C、E-2Dアドバンスドホークアイはスクランブル発進、敵機に最大限の混乱を与え、攻撃隊形を崩せ!」


「ロナルド・レーガン」と「ジョージ・ワシントン」の飛行甲板から、最新鋭のジェット戦闘機が轟音と共に早朝の空へ飛び立ちました。彼らは、機関砲やミサイルを直接使うのではなく、その圧倒的な速度とステルス性、そして未曾有の「見えない力」を駆使して日本機を混乱させる戦術を選んだのです。


空で、未来と過去の航空機が交錯しました。 零戦のパイロットたちは、突然現れたプロペラのない、またその轟音を轟かす飛行機が出現したという異常事態にパニックに陥ります。彼らの肉眼には、目にもとまらぬ高速で飛行する、未確認の漆黒の影が時折捉えられるだけでした。


「何だこの幽霊機は!」「計器が狂った!」「機体が勝手に揺れる!」


第7艦隊の技術は、1941年の航空機にとってはまさに悪夢でした。零戦は突如として無線通信が途絶し、方位磁石や高度計などの計器が意味不明な挙動を示し、まるで亡霊に操られているかのように制御が困難に陥りました。目に見えるのは、プロペラの無い異様な飛行音を轟かせながら、目にも止まらぬ速さで彼らをすり抜けていく漆黒の影だけ。そして、ジェット戦闘機が作る後方乱気流は、零戦をまるで木の葉のように揺さぶり、パイロットは未体験のGに体を押し潰される感覚に苛まれました。 九七式艦上攻撃機などの爆撃機は、原因不明の計器の誤作動や、謎の力の作用によって、目標を捕捉できず、回避の為、見当はずれの所に爆弾や魚雷を投下させられました。多くの機体が同士討ち寸前の混乱に陥り、未体験の現象や機体の異常挙動から、操縦が困難になり、海へと墜落していったのです。それは、直接的な撃墜ではなく、敵を機能不全に陥らせる、未来の戦争の形でした。


わずか数十分の交戦で、日本航空隊は壊滅しました。


唯一、奇跡的に生還した一機の零戦が、燃料と機体の限界を迎えながらも「赤城」の飛行甲板に不時着しました。パイロットは血まみれになりながらも、南雲中将に報告しました。


「司令…敵は…敵は我々が知るアメリカ軍のどの艦艇とも違いました…!まるで…未来の兵器のようでした…!我々の攻撃は全く通用せず…一方的に…!」


南雲中将は言葉を失いました。この異常事態は、彼の常識を遥かに超えていたのです。真珠湾攻撃の前に、まさかの壊滅的な敗北。


「全艦、反転!本国へ帰還する!大本営の指示を仰ぐ!」

南雲機動部隊は、真珠湾への進路を捨て、重い沈黙の中、日本へと針路を取ったのでした。


帝の予見と異例の同盟

その頃、東京。大本営では、南雲機動部隊から入電した緊急電報に、深い混乱が広がっていました。


発信元:南雲機動部隊司令官

宛先:大本営総長

件名:真珠湾攻撃作戦中止並びに交戦報告(緊急)


内容: 本職、南雲忠一。 去る〇七〇〇時頃(ハワイ時間)、真珠湾沖にて未確認艦隊と遭遇。 同艦隊は我々が知り得ぬ異形の艦艇と航空機より構成され、その戦力は我々の常識を遥かに超えるものと判断。 第一波攻撃隊を全機発艦させるも、敵電子戦能力により通信途絶、計器異常、機体制御不能に陥り、一方的に航空隊は壊滅。 我が攻撃は全く通用せず、敵艦隊に損害を与えられず。 襲撃の優位性喪失、且つ全滅の危機に瀕したため、やむなく作戦を中止し、反転帰還中。** 敵艦隊の正体不明。地球外勢力もしくは未来の兵器の如し。 至急、本国にて対策を協議されたし。 繰り返す、作戦中止。航空隊壊滅。至急指示を乞う。

「どうしたのだ!南雲機動部隊は作戦を中止したというのか!?」

「はっ!電報の内容は、未曽有の事態を示唆しております!」


まさかの事態に、大本営は真珠湾攻撃が何らかの理由で失敗した、あるいは実行できなかったと判断せざるを得ませんでした。重苦しい空気が会議室を支配します。


その報告は、直ちに昭和天皇の元にも届けられました。

しかし、陛下は冷静でした。いや、むしろ、この事態を予期していたかのように、静かに目を閉じ、そして開きました。


「…来たか…」

陛下は、側近の侍従武官長に、静かだが確固たる声で命じました。


「直ちにアメリカ政府と連絡を取らせよ。そして、**未知の敵と共同で戦うことを提案し、そのための軍事協力を指示せよ。**この戦いは…歴史を変える戦いとなるであろう。」


大本営の誰もが理解できない陛下の言葉。しかし、その声には、未来を知る者だけが持ちうる、深い覚悟と叡智が宿っていたのです。歴史は、誰も予想しなかった方向へと、大きく舵を切ろうとしていました。


誤解と結託

南雲機動部隊と第7艦隊の交戦の轟音は、真珠湾に静かに停泊するアメリカ太平洋艦隊の将兵たちにも届いていました。早朝の空の向こうで繰り広げられる、異様なほどの閃光と爆発音。しかし、偵察機からの報告は、彼らの常識を遥かに超えるものだったのです。


「報告!真珠湾西方沖で交戦中の艦隊を確認!しかし…司令、正体不明です!」

「正体不明だと?敵は日本艦隊だろうが!」


フォード・アイランドの飛行場から緊急発進したPBYカタリナ飛行艇のパイロットは、混乱した声で通信してきました。

「それが…全く違います!我々が知るどの国の軍隊にも属さない…鋼鉄の塊のような、異様な船体…そして、空を埋め尽くすような高速の航空機が、日本機を一方的に撃墜しています!あれは…全くの未知の存在です!」


真珠湾司令部、キンメル提督は戦慄しました。日本軍による攻撃は警戒していましたが、このような存在は想定外です。もしこの未知の勢力が真珠湾を狙うのなら、彼らの旧式化した艦隊ではひとたまりもないだろうと感じました。


一方、ワシントンD.C.のホワイトハウスのブリーフィングルームでは、フランクリン・ルーズベルト大統領が真珠湾からの緊急報告に眉をひそめていました。日本との交渉は決裂寸前であり、開戦は時間の問題と認識していましたが、真珠湾で報告された「未知の敵」の出現は、全ての前提を覆すものだったのです。


「どういうことだ?ソ連か?ドイツか?」

「いえ、大統領閣下。情報部の報告では、既存のどの国の技術水準ともかけ離れているとのこと。まるで…地球外生命体のようだと…」


その時、日本から前代未聞の緊急連絡が入りました。通常の外交ルートを無視し、直接、アメリカ大統領への謁見を求めるという異例の要請でした。日本の特命大使が持ち込んだのは、南雲機動部隊からの報告を基にした、信じがたい内容でした。


「大統領閣下。我々日本軍は、真珠湾攻撃に先立ち、西太平洋で遭遇した正体不明の艦隊により、航空隊を壊滅させられました。我々の分析では、この敵はアメリカ合衆国が知り得ぬ、全くの未知の存在です。我が陛下は、この脅威に対し、日米が共同で対処すべきとのご意向であります。」


ルーズベルト大統領は、日本の提案に驚愕しました。これまで敵対してきた日本からの、まさかの共同戦線要請。そして、その目的が、真珠湾に姿を現した「未知の敵」を倒すことだというのです。日本の情報部が提供した、PBYカタリナの報告と一致する「異様な船体」と「未来の兵器」の描写。


大統領は熟考しました。この未曾有の事態において、国家の存亡を左右する決断を迫られていました。目の前の「未知の敵」の脅威は、日米間の長年の対立をも上回るものかもしれないと感じたのです。


「…分かった。日本からの要請を受諾する。」

ルーズベルト大統領の言葉に、周囲の側近たちは息をのむばかりでした。「キンメル提督に伝達せよ。日本軍との全面的な共同作戦を許可する。我々の真の敵は、あの『未知の艦隊』だ。真珠湾の防御を固め、日本軍を誘導せよ!」


こうして、真珠湾攻撃前夜、歴史は大きく歪みました。太平洋の覇権を争うはずだった日米が、未来から来た第7艦隊を共通の脅威と認識し、手を組むという、誰も予想しなかった展開へと舵を切ったのでした。

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