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第七章『ことばのかけら』

あのとき、伸ばせなかった手を――

今度こそ、伸ばしたいと思った。


だけど、世界は何も変わらなかった。彼は動かない。

あの日と同じまま、記憶の中の景色が繰り返されるだけだった。

私は、ひとりだった。

心の中だけで叫ぶ「もう一度」の願いは、まるで空気のように、どこにも届かない。重たい沈黙が胸にのしかかる。このままでは、また何も変えられない。


そう思ったときだった。

足音がした。それは、土を踏む音ではなく、心の深層を叩くような、柔らかで確かな足音だった。

振り返らなくてもわかる。少年だった。

「……きみは、“やり直したい”って言ったよね?」

私はうなずいた。言葉は出ない。でも、心の底で、確かに頷いていた。

少年は目を伏せ、ひとつ息をついた。そして、ゆっくりと顔を上げて、私に言った。

「じゃあ――今度は、“自分自身”を見つめてごらん。」

その瞬間、世界がにじんだ。教室が歪み、時間が逆流するように光が巻き戻る。目の前に現れたのは、“私自身”だった。中学の制服を着た、無音の教室で笑っている“私”。けれどその笑顔の奥にあったものを、今の私だけが知っている。

不安。臆病。寂しさ。大切な人の夢が、自分を置いていってしまうことへの、嫉妬。

少年の声が重なる。

「彼を信じることより、君が怖がっていたことのほうが、大きかったんだよね。でもその気持ちを見てあげなきゃ、未来は変えられないよ。」

私は見つめた。逃げ出したくなった。でも、目を逸らさなかった。

“過去を変える”っていうのは、

“自分を許す”ってことなんだと思った。

涙が、静かに頬を伝った。

そのとき――少年の声が、ふたたび響いた。

「よく、見られたね。」

世界が、やわらかくひらいていく。歪みが晴れ、景色が光に満ちていく。

気づけば私は、あの雨の日の教室に戻っていた。でも、今度は違った。

彼が、顔を上げた。目が合った。

そして――微笑んだ。

その手に、紙があった。彼は何も言わず、それを差し出した。

私は、両手で受け取った。あたたかくて、震えていて、何より、確かに――“生きている”と感じた。

紙を開く。そこには、にじんだインクと歪んだ筆跡。


そして、たったひとつの、届かなかった“ことばのかけら”が綴られていた。

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