表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/12

第九章『扉のむこうにいたのは』後半


私は、取っ手に手をかけた。


金色の光は、やさしかった。やさしすぎて、涙が出そうだった。遥のぬくもりに似ていた。

「生きていてほしい」――その言葉に似ていた。


私は、力を込めた。


――カチリ。


何かが、小さく外れた音がした。


だが、扉は開かなかった。


「……え?」


押した。もっと強く。肩をぶつけるようにして。


――動かない。


取っ手が、さっきより冷たかった。

温度が……奪われていく。


「なんで……? あれ……?」


声が震えた。焦りが胸をひっかいて、呼吸が浅くなっていく。血の気が引く感覚。胃の底に氷を流し込まれたような、異常な冷たさ。


何度も、何度も、私は扉を押した。

開かない。開かない。開かない。


「……お願い……!」


「無理だよ」

背後から、声がした。

甘い響きのまま、心の奥を裂くような冷たさを孕んだ声だった。

振り返った。


そこにいたのは、“あの少年”ではなかった。

顔は同じ。でも、瞳が空っぽだった。

「お疲れさま、澄音」

「最後まで、よく“信じてくれた”ね」

「どうして……開かないの……」

「どうして、って」

少年は小さく笑った。

「君、本気で行けると思ってたんだ?」

私は喉が詰まって言葉が出なかった。

「君の“救いたい”って気持ち、嘘じゃなかったと思うよ。でもね、澄音。この扉は“選ばれた人間”にしか開かないんだ」

「……選ばれた……?」

「そう。“選べなかった過去”を持たない人。“愛を伝えた人”。“夢を笑わなかった人”。――つまり、君じゃない人」


扉が、鈍く軋んだ。

それは拒絶の音だった。

「君は、遥の“最期の希望”にはなれなかった」

「その証拠に、君の手では、この扉は永遠に開かない」

私は必死に首を振った。

「私は……私は、愛してたのに……!」

「なら、なぜ笑った?夢を。遥の人生を。彼の、たったひとつの“自分らしさ”を、なぜ笑った?」

「怖かったから……!」

「君は、自分が置いていかれるのが怖かった。だから、遥の目を曇らせた。そのくせ、最後になって“愛してる”なんて、都合がよすぎる」

少年の声が変わった。優しさが剥がれ落ちて、芯にあった毒だけが、むき出しになった。

「君さ。遥の“死に際の後悔”でできてるんだよ、ぼく」

私は息を呑んだ。

「彼が死ぬ直前に願ったんだ。“澄音のせいじゃなければいいのに”って。でも、脳裏に浮かんだのは君だった。君の顔だった。笑った顔だった。黙って、目をそらした日々だった」


扉にしがみついた手が、力を失った。

「だからぼくは生まれた。遥の“憎しみと、未練と、絶望”を詰め込んだ結果として、君の前に立ってる」

「遥が……そんなこと……!」

「君は彼を殺した。夢を、手紙を、そして“愛してる”を殺した」

「彼が君に“生きていてほしい”と言ったのは、“せめて、自分の死を一生背負わせるため”だよ」


私は、その場に崩れた。

「これが報いだよ、澄音。君の後悔は、救いじゃない。ただの罰。そして、君にはもう“愛してる”を口にする権利すらない」

「……遥……!」

「その名前を叫べば叫ぶほど、遥の魂の中から、君は消えていく」


扉が、完全に崩れた。

取っ手は砕け、金の光は黒に変わり、塵になって、誰の記憶にも触れず、静かに溶けていった。

「ここが君の終着点。誰にも届かず、誰にも想われず、ただ、君が“君であること”を忘れていく場所」


私は、名前を呼んだ。

でも、もう“その名前”は、世界のどこにもなかった。


「――愛してる、遥」


その言葉さえ、届く前に消えていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ