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【短編】「晩ご飯はしょうが焼き」

作者: 高原 律月

その店には、“未来の忘れ物”しか置いていない(これがお題なんです)


 親の背中はいつだって汗臭かった。


 小学校低学年くらいまでは気にならなかった。

 毎日夜遅くまで店を開けて、閉店まで賑やかで、親父もおふくろも常連さんに声をかけられて毎日休みもなく働いてそれが普通だと思っていた。


 授業参観も運動会も親が居ないのが普通だと思っていた。


 変わったきっかけは何気ない一言だった。


「お前んち、育児放棄じゃね?」


 同級生のからかいが墨のように染みついた日だった。

 いつも似たり寄ったりのお下がりってまるわかりの服、食堂で染みついた匂いと油、学校行事に来ない親―――、家族で出かけたことも一度だってなかった。


 みじめな気持ちになった。


 他のみんなが当たり前だと思っているものを俺はなに一つ持ってはいなかった。


 中学に入る前から親と会話する頻度が減った。おふくろはぼさぼさの髪で化粧も服もあり合わせ、親父はいつも店を閉めてから仕込みをしてそのまま厨房で寝ている姿しか記憶にない。


 周りの大人を見ればキレイに身なりを整えてキラキラ輝いて見える。


「……みっともねぇな」


 よれよれの厨房着のまま寝こけてる親父にぼそりと言ったこともあった。二階に上がって帳簿を付けてるおふくろの丸めた背中を見ているだけでイライラする時もあった。


 高校に上がってからも俺は劣等感しかなかった。


 油くせぇ制服に袖を通す度にムカついた、腹が立って仕方なかった。


「制服、くせぇんだけど! ちゃんと洗ってんの、これ?」

「ごめんごめん、洗ってるけどなかなか匂いが取れなくて……」


 申し訳なさそうな顔をして言い返してこない母親に八つ当たりをして自分の弱さを誤魔化していたんだと思う。


 ある夜、親父にぶん殴られた。


 なにを言ったかもあまり覚えていない。

 おふくろが役に立たねぇとか要領が悪いだとかヘラヘラ笑いながら言った気がした。


 親父は立ち上がり黙って俺の胸ぐらを掴み上げると、ただ横面をぶん殴って何も言わなかった。


「いってぇな!! てめぇは好きなことやって遊んでるクセによぉ!!

 好きな時に好きなことして何もしないで寝こけてるようなヤツが父親面すんじゃねぇよ!!」


 全部がバカバカしくなった気がした。

 家を飛び出て素行の悪い先輩やクラスメイト達とバカ騒ぎする方が安心できた。バイトしまくって好きなことにお金を使ってケンカして親が警察に引き取りに来て、高校3年間で俺は底辺まで転がり落ちて行った。


 おかえりを何度も聞いたが、ただいまと言った記憶はない。


 高校を卒業して知り合いの伝手で何とか就職することができた。彼女も出来てなんの縛りもない世間は俺にとっては自由に感じた。


 そんな惰性の中で生きて、社会に出て5年が経った時だった。


 おふくろが過労で倒れたと会社から連絡があった。救急搬送され、ICUから一般病棟に移った時のおふくろはひどくやつれていて俺の知っているおふくろじゃなかった。


 親父と二人で医者のセンセイから説明を受けた。


 おふくろはくも膜下出血で倒れ、すんでのところで一命を取り留めたが多分もう立つことはできないだろう――と、記憶の維持すら怪しいかもしれないと言われた。


 説明を受けた帰り道、親父が頭を下げてきた。


「すまん、仕事があるのに迷惑をかけた」


 その簡潔な一言が世間で使われる着派手に飾った言葉よりずっと深く俺の胸に突き刺さった。

 親父もおふくろも、一度たりとも俺を否定したことなんてなかったんだ。

 間違ってると時だけ説教されたりぶん殴られたりしたが、ただそれだけ。

 その時になって俺は初めて「この人達にかまってもらいたかったんだな」っていう自分の気持ちに気が付いた。


 おふくろと実家の話を彼女して俺は会社を辞めた。


 3年前におふくろが亡くなって親父の葬式が終わった今、俺は親父と同じ厨房に立っている。


 少しだけ親の気持ちが分かったような気がしたんだ。




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