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第2章:魔術理論と安全基準(3)

 研究所の小テーブルに椅子を集め、ライラが資料を読み上げながらダリウスが口を挟む形で、装置の仕組みを説明してくれる。

 どうやら泉から魔力を持ってくる仕組み自体は別の施設が担っており、研究所の装置は『抽出した魔力を増幅・安定化させる』段階を担当しているらしい。

 ここで『増幅』したエネルギーを都市インフラ――街灯、ポンプ、加熱装置、ひいては軍事用のゴーレムなどへ供給する構想なのだという。


「ただ、現在はまだ実験段階で、出力が不安定で。最悪、魔力が急激に噴き出すと暴走して爆発の危険もあります」


 ライラがインクペンの先で図を指し示しながら説明する。


「そのわりに、ダリウスさんは『理論上は大丈夫』ばかり連呼して、保険を作るのを後回しにしてるんですよね」

「うん、だって研究の速度が落ちるのは嫌だから。結果的に民衆の生活が早く良くなるなら、少しくらいのリスクはやむなしでしょ?」


 ダリウスはさらりと言い放ち、ライラが「少し、ってレベルですか……」とため息をつく。

 『スピード重視で安全軽視』――それはまさに現代のソウヤが体験した大事故の遠因でもあった。


 (このまま進めば、いつか大事故に繋がりかねない。俺が関わるなら、ここはしっかり意見を言わないと……)


 ソウヤはノートにペンを走らせながら、リスク評価のフレームワークを思い描く。


『入力となる魔力の幅はどこまで想定しているか?』

『過負荷状態のときにどんな現象が起きるか?』

『修正対応やメンテナンスは誰がどの手順で行うのか?』


 これらの要点を網羅的に書き出し、ライラに尋ねていくたびに、『現状まともに考慮されていない』という事実が浮き彫りになる。

 ダリウスはやや退屈そうにしながらも、「まあ、そこまでは細かく見てないね」と正直に答えていく。

 ソウヤは心中で苦笑する。

 やはり天才肌の研究者は『行き当たりばったり』になりやすいのは万国共通らしい。


「あの……ソウヤさん。こんなに細かい項目まで調べるんですか? これだけ項目が増えたら、検証にすごく時間かかりそうですけど……」

 

 ライラが不安げに尋ねる。


「たぶん最初は大変かな。でも、最初にきちんと『チェック項目』を確立しておけば、後々似たような装置を作るときにも流用できる。試行錯誤の手戻りも減ると思うんだ」

「なるほど、最初に仕組みを整理しちゃえば、あとで楽になる、と……?」

「そう。言うなれば『初期投資』みたいなものだね。俺の世界じゃ、こういうやり方が当たり前だった」


 ダリウスは腕を組み、視線を宙に漂わせる。


「ふむ……正直、面倒だなと思う部分はあるが、確かに一理あるかもしれない。僕も何度か暴走させてしまって、そのたびに実験装置が壊れてるし」


 ソウヤは少し安堵する。

 ダリウス自身、失敗は多かったのだろう。

 研究室の端っこに見える壊れた金属板や焼け焦げた部品らしきものが、その証拠のように散乱している。


「それに『安全装置』をきちんと作れば、領主レオン様にとってもいい宣伝になるかもしれない。技術が安定運用できるとなれば、他の都市も導入しやすいし、評判も上がるだろう?」

「ふむ。確かに。レオン様は『派手な成果』を好むが、事故続きでは支持を得にくいかもしれないな……いいだろう、ソウヤ。君の言う方法を少し試してみるか」


 ダリウスがあっさりと折れてくれたことに、ライラはぱっと嬉しそうな表情になった。

 ファルクも「よかった」と小さく拍手する。


「ありがとうございます、ダリウスさん! 私もこれ、手伝いますね。ソウヤさんが言う『リスト』を一緒にまとめます!」

「じゃあ早速、一部だけ実地テストしてみますか。ここの段階で炎上すると困るから……うーん、今日はまずデータ取りくらいにしとこうかな」


 ダリウスが珍しく慎重な言葉を発すると、ライラはすかさず「賛成です!」と応じる。

 こうして、ソウヤは自分が持ち込む『安全基準』という概念を、この研究所で初めて活かすことになった。


 ◆


 その後、昼前の時間いっぱいを使って、ソウヤとライラは『発電装置』に関するデータをノートに整理した。

 ファルクは途中で「城の見回りがあるんで!」と抜け、研究所を後にしている。

 兵士としては訓練や雑務が詰まっているのだろう。


 実験は危険もあるため、ダリウスが魔術式を再調整して『暴走しないように抑えた状態』で挙動を確認する。

 魔力が投入されると結晶が淡い光を放ち、金属板の紋様が微かに輝く。

 数秒おきにスパークが走るが、今のところ大事には至っていない。

 ライラがメモ用紙を覗き込み、感心したように漏らす。


「ソウヤさんって、凄いですね。普通、魔術師じゃない人はこういう仕組みを見ても訳がわからないってなるのに、『ここをこうしたら安全率が上がる』とかズバズバ言ってて……」

「ま、まあ……慣れというか、俺の世界でやってたことに近いからかもしれない」

「でも、これ『魔力』なんですよ? 私もこの世界じゃ普通だけど、ソウヤさんが言う『別世界』から来たなら、初めての概念でしょうに」


 言われてみれば確かにそうだ。

 ソウヤは、魔力自体を理解したわけではない。

 しかし『制御』という概念が、電気だろうが魔力だろうが同じく存在すると考えれば、そこまで違和感はないのだ。


「なんとなく、エネルギー源としての魔力を当てはめてみれば、俺の知識と共通点が多い気がするんだ。それがモーターなのかタービンなのか、あるいは魔術式なのか――表現が違うだけで、原理は同じ部分もあるっていうか」


 ライラは目を輝かせる。


「へえ……面白いですね。ダリウスさんも『魔力は原理さえ掴めば自在に扱える』って言いますけど、ソウヤさんの理屈に当てはめれば、魔力は科学的に解明できるってことなのかな」

「科学的かどうかは……俺も詳しくはわからないけど、少なくとも安全策は打てると思う」


 こうして二人は、あれこれと机を囲んでメモを取り合う。

 ダリウスは隅で試験装置のパラメータをいじりながら「理論値から少し外れたな」とか「意外にいい数値じゃないか」とぶつぶつ言っている。


 ◆


 やがて、時計代わりに使っている砂時計が昼を示す頃になった。

 この研究所では、魔力時計という装置もあるらしいが、不調で止まったままで、主に砂時計が使われているようだ。

 ライラがアシスタント用のローブを脱ぎながら、顔をほころばせた。


「お昼休憩にしましょうか。ソウヤさん、研究室は初めてでしょうし、休憩室でゆっくりお茶でもどうですか?」

「いいね、ちょっと頭を休めたいし……。ダリウスさんは?」


 ダリウスは椅子に腰掛け、結晶の発光を見つめながら「僕はもう少しだけデータを取ってから行くよ」と手をひらひらさせる。


「腹が減ったら後で適当に何か食べる。ソウヤとライラは先に行っててくれ」

「わかりました……あんまり無茶しないでくださいよ」


 ライラが注意し、ソウヤも一言「暴走はしないですよね?」と確認。

 ダリウスは「理論上は大丈夫」と微笑んでみせた。

 その『理論上は』が危なっかしい。

 だが、ライラも慣れたもので、ツッコむ気力もない様子だ。


 ◆


 研究所の休憩室は二階にあり、細長い廊下の先に設えられていた。

 そこには木製のテーブルと数脚の椅子があり、棚には食器や茶葉、乾パンのような非常食が積まれている。

 窓からは曇り空の昼下がりが見え、遠くには城の塔がかすかにそびえているのが見えた。


「ここ、研究員やスタッフが一息つく場所なんです。私もよくダリウスさんに振り回されて消耗すると、ここでお茶を飲んで落ち着くんですよ」


 ライラは慣れた手つきでポットを用意し、少量の魔力が込められた小さな石――『温石』と呼ばれるものらしい――を器具の下にセットする。

 すると湯がじわじわと沸き始めた。


「この温石で火力を補って、ちょっとしたお湯を沸かすくらいは楽なんです……うまく機能するときは、ですけど。たまに調子が悪いとすぐ冷めちゃうんですよね」

「そうなんだ。いろんなところで魔力を使ってるんだなあ」


 魔力が枯渇していく、という話をファルクや城の兵士から聞いていたが、こうした小さな場面でも魔力を用いた道具が多いのだろう。

 もし本格的にインフラ化したら、魔力の需要はさらに増え、泉からの汲み上げが激しくなる――そのあたりのバランスも気になるところだ。


「はい、どうぞ。これはハーブ茶です。城の裏手で育ててるハーブを乾燥させたものなんですけど、気持ちをリラックスさせる作用があるんですよ」


 ライラが微笑みながら、湯気の立つカップを差し出してくれた。

 蜂蜜のような甘い香りと草花の爽やかな香りが混じり合い、鼻腔をくすぐる。

 ソウヤはカップを受け取り、一口含む。


「うん、落ち着くね。ほっとする味だ」

「よかった……。私、そういうのが好きで、研究所のみんなにちょっとずつ勧めてるんですけど、ダリウスさんはあんまり興味ないみたいで」


 ライラはくすりと笑う。

 ダリウスはいつも実験で忙しく、休むことを後回しにするタイプだろう。

 ちょうどいい休憩になったなと思いながら、ソウヤはカップを置いて軽く背伸びをする。

 するとライラはふいに顔を上げ、少しまじめな表情になった。


「ソウヤさんは……本当に『別の世界』から来たんですよね?」


 漠然とした聞き方だが、その瞳には好奇心と少しの戸惑いが混じっている。


「信じられないかもしれないけど、俺としては気づいたらここにいて……。本当に死んだはずなのに、気づいたら荒野で倒れてたんだ」


 ライラは僅かに息を飲む。


「そんな奇跡みたいなこと、あるんですね……。実は、私も『古文書』で似たような伝承を読んだことがあって。神々の計らいで異界から来た英雄が世界を救う、とか……」

「え、英雄……いやいや、俺はただのエンジニアで、世界を救うなんて大それたことできないよ」


 実際、ソウヤ自身はここに来てから安全管理を少し進言しているだけで、何かすごいことを成し遂げたわけではない。

 むしろ、レオンの期待やダリウスの天才ぶりに振り回される側だと感じている。


「でも、『安全基準』という考え方は、この世界にはなかった発想です。もしかしたら、本当に何か大事な役割があるのかもしれませんよ」


 ライラの声には応援するような響きがあった。


「私、研究所で働いてると、ダリウスさんの天才ぶりには感動する半面、いつか大きな事故を起こすんじゃないかって、ずっと不安だったんです。誰もが『研究はそういうもの』と受け入れちゃってるんですけど……私、もっと安全に研究できるなら、そのほうが絶対いいと思ってて」


 『もっと安全に研究を進めたい』――その言葉に、ソウヤは胸が熱くなる。

 かつての自分も、安全対策を怠った大事故で多くの被害を出してしまったからこそ、二度と繰り返さないために品質管理の仕事をしてきたのだ。


「俺で役に立てることがあるなら、力になりたい……でも、俺には分からないことだらけだし、魔術理論も教えてほしいくらいなんだ。まだ手探りだよ」

「もちろんです! 私も微力ながらサポートしますし、ダリウスさんが言ってる『理論』の部分は彼が教えてくれるかも……気分次第でしょうけど」


 ライラと向かい合いながら飲むハーブ茶は、ほどよく心を解かしてくれる。

 こんな小さな交流でも、ソウヤにとっては大きな安心材料なのだった。


 休憩を終えて三階の実験室へ戻ると、意外にもダリウスが席を外していた。

 台座の装置は安定稼働しているらしく、先ほどの火花も散っていない。

 むしろ、わずかに安定化が進んだのか、結晶が安定した光を放っているように見える。


「ダリウスさん、急にどこかへ?」

「うーん、あの人は集中が途切れるとふらりと散歩する癖があるから……きっと、どこかで新しい部材を探してるとか、そんなところじゃないかな」


 ライラが苦笑する。

 ソウヤは台座の装置を一目見回して、安全に停止させる方法がわからないことに気づいた。


「この装置、今は安定状態みたいだけど、もし何かあって止めたいときってどうするんだろう?」


 ライラが「あ……そういえば」と口ごもる。


「ダリウスさんの魔術詠唱で止めるとか……緊急時は装置の外側に書かれている『制御符』を削って強制停止するって聞いたことがありますけど、普段はダリウスさんに任せきりで……」


 なにやら物騒だ。

 緊急停止が『符を削る』とは、つまりハードウェアの破壊に近いものなのだろうか。

 ライラによれば、魔術式を一気に切断すれば魔力の流れを断てるが、下手をすれば暴発する危険もあるという。


 (やっぱり、緊急停止手順もまとめたほうがいいな……)


 そう思い、ソウヤはメモ帳に 『緊急停止の方法』 という欄を新たに設ける。

 『魔術式を破壊したり、結晶を引き抜いたりするより、何らかのスイッチかバルブのような仕組みで止められないか?』

 そんなアイデアを浮かべていると、ライラが「それいいですね!」と目を輝かせる。


「それがあれば、私でも止められる可能性があるわけですよね……ダリウスさんって、いつも詠唱や霊紋を書くことで制御しちゃうから、外部の人は扱えないんですもん」

「ほんとにそう思う。あとは――魔術式を応用して、緊急停止の呪文みたいなのを短い詠唱で済むようにできないだろうか。要するに『電源オフ』に近い操作が欲しい感じ」

「なるほど……。電源オフ? それはソウヤさんの世界の言い回しですか?」

「ああ……気にしないで。とにかく外部からパチンと切り替えられる仕掛けが理想だね」


 二人で話し込んでいると、廊下のほうからバタバタと急ぎ足の音が聞こえてきた。

 やがて扉が開き、ファルクが息を切らしながら現れる。


「ソ、ソウヤさん、ライラさん! ここにいたんですね、よかった……」

「ファルク? どうしたの、そんなに慌てて」


 ファルクは額に汗を浮かべ、焦り混じりの声で答える。


「レオン様がソウヤさんをお呼びです! 急いで執務室に来てほしいって! 『すぐに連れてこい』って言われちゃって……」

「レオン様が? どうしてまた急に……」


 ソウヤが不思議そうに首を傾げると、ファルクは困り顔で言葉を続けた。


「それが、なんだか『教団の司祭』が城に来てるらしくて。しかも、巫女の人――フレイヤさんっていう巫女が、泉のことで話をしに来たとかで……。よくわかりませんけど、会議っていうか、説明の場を設けるからソウヤさんにも参加してほしいって……」


 教団、巫女、泉……昨日のファルクの話を思い出す。

 どうやら『魔力の源』である泉や、その管理方法をめぐって宗教的な対立があるらしい。


 (俺が呼ばれるってことは、もしかして『魔道具開発』が絡む話になるのかな?)


 ライラは少し顔を曇らせる。


「巫女フレイヤさんは自然崇拝寄りだし、教団保守派の司祭はたいてい『技術革新』に否定的です。レオン様は技術推進派だし……うわあ、なんだか火種の予感が……」


 ファルクも憂いを含んだ表情を浮かべた。


「なんだか、先ほど見かけた司祭っぽい人……ラディスさんって名前でしたか。すごく厳かで冷たい雰囲気で……。レオン様に会いに来たのは間違いないらしくて、城内が少しピリついてるんです」

「わかった、急いで行くよ。ライラさん、ありがとう、後でまた相談させて」

「あ、はい……気をつけて。レオン様の前で失礼のないように……あ、でもソウヤさんはそこまで礼儀作法は気にしなくていいかも」


 ライラは微妙に戸惑っているが、背中を押すように見送ってくれた。

 ファルクとともに研究所を飛び出して石段を駆け下り、城の執務室へ向かう。


 胸がざわつく。

 教団と巫女、そしてレオン――三者それぞれが持つ思惑に、ソウヤも巻き込まれることになるのだろうか。


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