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第2章:魔術理論と安全基準(1)

 翌朝、薄曇りの空から微かな光が差し込むころ、ソウヤは城の寝室で目を覚ました。

 前日には長い時間歩いて疲労が溜まったが、一晩しっかり眠ったおかげで体力がだいぶ回復したようだ。

 寝台からゆっくり起き上がると、脇腹や肩に僅かな痛みはあるものの、歩行に不安はなさそうだ。


「よし……昨日よりは動けそうだな」


 ぼそりとつぶやき、壁際に備え付けられた椅子へ腰掛ける。

 石造りの室内はややひんやりしており、朝方の空気が肌を刺すようだったが、これはこれで目が覚める。


 まだ完全には慣れない。

 何もかもが古風で、かつ異世界的な要素を孕んだ城の空気感。


『本当にここは日本ではない、異世界なんだ』

 

 そう実感するたびに、わずかな不安が胸をよぎるものの、昨日感じた強い違和感はほんの少し和らいでいた。


 ガタゴトと扉の向こうから聞こえる足音で、ソウヤは顔を上げる。

 扉が開き、少年兵ファルクが勢いよく姿を見せた。


「おはようございます、ソウヤさん! 調子、どうですか?」


 朝の挨拶と同時に、ファルクの柔らかな笑顔が部屋を明るくする。

 明るい茶色の髪を軽く切り揃え、今朝は見習い用の鎧の上に薄いマントを羽織っていた。

 身長はまだ高くないが、少年ながらも騎士を目指す意気込みが感じられる。


「おはよう、ファルク。だいぶ動けそうだよ……そっちもお勤め、大変だな」

「いやー、僕はまだ下っ端なんで、朝は訓練場で軽くトレーニングして、あとは雑務をちょっとこなしてきただけです。それより、ソウヤさんに伝言がありまして!」

「伝言?」

「はい! ダリウスさんが『午前中のうちに研究所へ来るといい』って言ってました。詳しい時間指定はなかったんですけど、遅くなりすぎないほうがいいかなって」


 ソウヤは素直に頷く。

 昨日、ダリウスと交わした「研究所においで」というやり取りを思い出した。

 早速声がかかるとは思っていたが、まさに予定どおりだ。


「わかった。今から準備して行ってみるよ……とはいえ、場所は昨日の見学でだいたい把握してるけど、案内してもらったほうがいいのかな?」

「一応、僕も一緒に行きます! 研究所って独特な設備が多くて、最初は迷いやすいんですよ。ダリウスさんがいる場所まで勝手に入り込むと爆発しそうですし……」


 ファルクは最後の台詞をやや小声で付け足した。

 冗談かと思いきや、どうやら本音らしい。

 ダリウスの研究はしばしば危険を(はら)むということか。


「ありがとう、助かるよ。じゃあ、ちゃちゃっと身支度するから、ちょっと待ってくれる?」

「はい!」


 ファルクが扉のそばで待機している間に、ソウヤは洗面道具を探す。

 城にある洗面は、木製の桶に水が張られており、そばに麻布のタオルが掛けられている。

 

 昨日はファルクが持ってきた洗面水だったが、今日はあらかじめ準備されていたようだ。

 軽く顔を洗うと、ひんやりとした水が心地よく、昨日の疲労感が消えていく気がした。


 鏡は金属の磨き上げられたプレートで、うっすらと自分の顔が映る。

 異世界に来ても、自分の姿はそう変わらないようだ。

 黒髪が少しダークグレーに近づいた気がするが、気のせいかもしれない。


 上着は城から借りたシャツとズボン。

 研究所に行くときには汚れても良い服装のほうが助かるだろう。

 そんな簡素な装いを整えると、ファルクがパッと目を輝かせる。


「ソウヤさん、支度早いですね。僕だったら、もうちょっともたついちゃうかも……」

「いやいや、慣れたもんだよ。元いた場所でも仕事が忙しくて、寝起きすぐに職場へ行かなきゃいけないことが多くてね」


 こうして会話を交わしながら、二人は部屋を出た。


 ◆


 城の廊下を歩き出すと、すでに騎士団員たちが行き交っていた。

 朝の訓練を終えて戻る者、これから外回りへ向かう者など、様々な装備の人がすれ違う。

 鎧の金属音がカチャカチャと鳴り、城の石壁に反響する。


「いつ見ても、ここは慌ただしいな……」

「そうですね。最近はレオン様が『領地の安全確保』に力を入れてるから、警備の人数も増えて、訓練も厳しくなってます」


 ファルクが少し得意げに胸を張る。

 今の彼は見習いとはいえ、この忙しさの中で動き回っている。

 なかなか大変そうだ。


「そういえばレオン様には、また改めて会う予定はあるの?」

「うーん、昨日は夜に小規模な会合を開いていたんですけど、ソウヤさんは疲れて休まれてましたし……。たぶん、今日は昼か夕方くらいにお呼びがかかるかもしれません。ダリウスさんの研究内容をレオン様に報告する場面でソウヤさんが立ち会う、みたいな流れになるかも」


「なるほど……まあ、あっちから呼ばれるのを待つしかないか」


 廊下を抜けて中庭へ出る。

 昨日に比べると少し曇っていて、肌寒い。

 それでも城内の活気は変わらず、何人もの兵士や役人が行き交い、物資を運ぶ人の姿もある。

 

 噴水はやはり水量が少なく、パイプから流れ落ちる水は細い。

 ファルクの言うとおり、ここ最近は枯渇しつつあるらしい。


 そして昨日も遠目に見た研究所――石造りの塔のような建物に向かう。


 入り口近くには、衛兵なのか研究所スタッフなのか判別しづらい服装をした人物が立っていた。

 簡素な革の胸当てに、サーベルのような短い剣を帯びている。

 ファルクが近づいて挨拶を交わすと、その人物は軽く頷いた。

 どうやら内部への立ち入りをチェックしているらしい。


「おはようございます、ファルク。それと……その方は?」

 

 低く落ち着いた声が響く。

 短く刈った髪に、尖った顎ひげを蓄えた中年男性だった。


「あ、ライオネルさん。彼はソウヤさんです。レオン様の許しを得て、この研究所でダリウスさんに会うことになっています」

「ほう……初顔だな。よし、通れ。ダリウス様は……確か三階の実験室で作業中だったはずだ」


 ライオネルと呼ばれた男は、よく日に焼けた肌を持ち、厳つい雰囲気の面構え。

 しかしその瞳には冷静さが宿り、正確にチェックをこなしている様子がうかがえた。


「ここの安全を守るのが俺の仕事でな。研究所の連中は時々、変なものを運び込むから気が抜けない」

「変なもの……?」

「危険な薬品やら、魔獣の素材やら、魔力結晶の欠片やら、まあ色々さ。下手に扱うと爆発しかねん代物が多いんだ。ダリウス様は『いける』と豪語して持ち込むが、実験のたびに俺の胃が痛むよ」


 ライオネルは苦笑しながら肩をすくめる。

 どうやらダリウスの『天才』ぶりは、周囲からしたら冷や汗モノらしい。


「三階の実験室は危ない器具も多いから、くれぐれも気をつけてくれよ」

「わかりました、ありがとうございます」


 ソウヤが礼を言うと、ライオネルは軽く顎を引いて目礼し、再び警戒の視線を周囲に走らせる。

 研究所のドアを開けると、厚い木製扉の向こうから、独特の薬品と金属の匂いが漂ってきた。


 ◆


 研究所の内部は、やはり独特の空気感だ。

 石造りの壁面は城と同じだが、廊下のあちこちに奇妙な紋様が描かれた布が掛けられている。

 魔力回路の図案なのか、見たことのない文字列が並んでいた。

 壁の一角には何やら電気灯に近い灯りが埋め込まれ、蒼白い光がぼんやりと周囲を照らしている。


「ここがダリウスさんの研究拠点か……思ったより近代的なところもあれば、なんだか不思議な造りもあるな……」

 

 ソウヤが感想を述べると、ファルクが「そうなんですよ」と同意する。


「魔道具の明かりがあるかと思えば、別の場所はガスランプだったり……なんて言うんでしょうね、古いのと新しいのが混在してる、みたいな?」

「そんな感じだな。俺の世界でも、昔からある施設を改装して使うことはあったけど、これはだいぶ毛色が違う」


 二人は薄暗い廊下を進み、曲がり角を曲がって階段へ。

 石段を上がるたびに、独特の匂いが強まっていく。

 薬品、油、金属。

 それに何か酸っぱいような香りも混じる。


 すると、三階へ上がりきったところで、遠くからクシャミ音が聞こえた。

 続いて、甲高い声で「ちょっと待ってよ、ダリウスさん!」と叫ぶ女性の声が響く。


「ダリウスさんって呼んでる……同僚かな?」


 ファルクも首をかしげる。


「多分、ライラさんかもしれないです」


 ライラ――確か、ファルクから断片的に聞いたはなしだと、研究所で事務やアシスタントを務める女性スタッフだという。

 どんな人なのか気になりつつ、声のするほうへ向かって歩を進めるのだった。


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