◇ ラムド政府の闇
ドノヴァンの顔つきが、いままでとはちがってくる。笑みが消え失せ、ピリピリした彼の憤りが伝わってくる。
「あいつだけは、絶対にゆるさない」
そういう彼に、リナが尋ねた。
「なにがあったのですか?」
問われたドノヴァンは、話しはじめる。
ドノヴァン・オズマは、もともとラムド政府内の地域に住んでいた一般人だった。幼いころの彼は、自分にレイズの資質があるとは、まったく思っていなかった。
弟と妹がいたが、兄弟三人とも子どもだったころに父親も母親も戦闘に巻き込まれ、両親が他界する。
児童養護施設に入れられた彼ら兄弟だが、そこでも不幸にみまわれる。
その施設はラムドの軍事施設に造り変えられることになり、彼らは追い出されてしまったのだ。
それは、当時の大統領ダーモス・コーネンの命令だった。
子どもたちを受け入れてくれるところはどこにもなく、彼らはあちこちを歩きまわり、ゴミ箱をあさって飢えをしのぐ日々を送っていた。
シグマッハとの戦闘は激化している最中だった。すべてが軍優先で、役所も警察もこの兄弟を助けようとはしなかった。
やがて妹が息絶え、あとを追うように弟も短い命をとじる。
ある日、涙に暮れるドノヴァンの耳に、町を巡回する軍の兵隊たち三人の話し声がきこえてきた。
「大統領は、この国をレイズが使える人間の国にするらしいぞ」
「なに? それじゃあ、シグマッハと同じじゃないか」
「いや、レイズが使えない一般人は、レイズが使える俺たちのために働くことになるようだ」
「低級人種は、底辺で生きるということか?」
「そうだな」
「わははは、そりゃいいや」
彼らの会話をきいたドノヴァンの心に、怒りの炎が燃え上がる。ドノヴァンのレイズが目覚めたのは、このときだった。
彼はリナとレミーに、凍えるような冷たい目をして語った。
「そいつらを、骨ものこさず灰にしてやったよ」
彼女たちは息を飲む。ラムドの部隊は彼のレイズの詳細について、まだ完全には把握できていない。
強大な炎を使うということはわかっているが、レイズが発動するまでの時間や、レイズの能力がどの範囲まで及ぶのか見当もつかない。
ドノヴァンも、それ以上は話そうとしなかった。
はじめてレイズが開花した、あのとき──
ズドドンッ!
大きな地響きとともに、地面が揺れる。兵隊たちは、巨大な恐竜にふみ潰されたかのように地べたに埋もれ、彼らを中心に小さな隕石でも落ちたようなクレーターができる。
これは、ドノヴァンのレイズだ。彼の備えるレイズは、ひとつではない。
クレーターに歩み寄るドノヴァンは、三人の死体を見下ろしながら静かに声を響かせた。
「低級人種で悪かったな」
彼の怒りは、まだおさまってはいない。
「大統領、ダーモス・コーネン……待っていろ、俺が必ず殺してやる!」
三人の死体から炎が立ちのぼり、ギュルルルッと渦を巻きながら一瞬で骨まで灰にしたのだった。
その後、レイズに目覚めたドノヴァンは、これからどうするかを考える。ダーモスを殺すにしても、彼がどこにいるのか、日々どういう行動をとるのかわからなければ、どうしようもない。
また、事を起こすにもタイミングというものがある。やみくもに動いたところで、そこに目当ての人物がいなければ空振りに終わる。
とにかく情報がほしい。それ以前に、住む場所や食料も確保できなければ、なにをするにもままならない。
けっきょく、ドノヴァンはシグマッハに身をよせることにした。
命令に従ってラムドの部隊を殲滅しながら、ダーモスに関する情報を探り出そうとしたが、なかなか上手くいかなかった。
やがて、大統領がレズリー・マットに交代したという確かな情報が入り、それ以降ダーモスに関係するすべてが、ぱったりと途絶えてしまう。
そして五年前、未知の伝染病に罹っていたとされるダーモスの死亡が伝えられたが、ドノヴァンは信じなかった。
ダーモスの病気について、くわしいことはなにも発表されていないのだ。
以前から変だと思っていたことが、大きな疑問にふくらんでゆく。大統領官邸で倒れたとされるダーモスが救命車で運ばれたとき、誰も寄せ付けないように、いきなり感染病棟に向かっている。
官邸にいた警備員など他の人間は、検査こそ受けたものの、異常はなく健康であり、ダーモスだけが重症だった。
どう考えても変だと思った。
──ヤツは生きている!
ドノヴァンの恨みはまだ消えることなく、いまもくすぶり続けている。