◇ ラムドからの通達
ファルコは、今日も気難しい顔をしている。ラムドが一向に攻めてこないのが、妙に不気味で気になる。
不意に、彼のいる指令室のドアが開いた。
誰が入ってきたのかと思い、そっちの方へ顔を向けたみんなは唖然となった。
その人物は、おしゃれな服装からしてシグマッハの兵士ではない。しかも女だ。
ハンドバッグを左肩にかけた彼女は、民間人というよりラムドの貴族のように思えるが、そんなはずはない。
シグマッハの兵士でなければ、ここまで簡単に入れるわけがないのだ。
ましてラムドの貴族が本部内に侵入するなど、絶対に不可能だ。
警備員から訪問者が来るという連絡がなかったのは、本部に裏切り者がいるときいた警備員らが素通りをゆるしたからだ。危険な人物は、まずブレゼオの厳しい検問を突破することはできない。
また、セシルの魅力も、彼らの警戒心を緩ませることに一役かっているようだ。
指令室にいる数人が銃を手にとり、怪しいこの女に銃口を向ける。
ファルコは彼女をにらみながら、口をひらいた。
「おまえは誰だ」
セシルは右手で帽子のつばをつかむと、スッと上にあげる。よく見えなかった彼女の目元が、あらわになる。
「わたしだよ」
ファルコは驚嘆した。目を見開き、信じられない想いが口に出る。
「ま、まさか」
しかし、事実だ。
「特機隊のファーマインか!」
その声に、指令室が凍りつく。ラムド特別機動部隊の隊長セシル・ファーマインは、冷めた顔でここへ来た理由を話した。
「おまえたちが、レズリー大統領の呼びかけにいつまでたっても応えないから、わたしが来たんだ」
ラムド政府からの使者として任務を遂行する彼女は、緊張した面持ちの彼らにいった。
「心配するな。わたしは、おまえたちを殺すために来たのではない」
ファルコは、屹然とした態度で告げる。
「われわれは、ラムドには決して屈しない!」
セシルは、ため息をついた。
「勘違いしているようだが」
右手を腰に当てて、言葉を続ける。
「大統領は、おまえたちに降伏しろといっているのではない」
「ならば、われわれになにを要求するのだ」
セシルがこれから話すことは、ファルコにとって屈辱である。
「このまえ、おまえたちはラーホルンの施設を襲撃したことがあっただろう」
ラーホルンにある流民収容施設に、未知の破壊兵器が存在するという情報を得たシグマッハは、施設の攻撃を開始する。
しかし、そこにはドノヴァンがいた。シグマッハの部隊はなにもできないまま、ひき返したのであった。
よく考えてみれば、確かにドノヴァンがいうように、そんな破壊兵器が実在するならラムド軍が先に使っている。
ファルコはギリッと歯ぎしりして、苦い顔をする。
「おまえは、俺の失敗を笑いにきたのか」
「そうじゃない」
セシルの口から、衝撃の事実が語られる。
「あったんだよ。兵器ではないが、とんでもない設備があの施設の地下に存在していたんだ。それはすでに撤去されて、地下室は埋められていたけどな」
ファルコは絶句する。てっきり、ガセの情報をつかんで自ら馬鹿騒ぎを演じてしまったと、いままで思っていた。いや、そう信じていたのだ。
セシルは素直に感心する。
「恐れ入ったよ。わが情報局でさえ把握していなかった事実を、どうやって調べあげたんだ?」
「………」
「地下室にあった設備は──」
彼女は、さらに驚くことを告げるのだった。
「わたしたちが戦い合う原因となったものだ」
「なに?」
「ラムドとシグマッハの戦争は、ここからはじまったといっていい」
どういうことなのか、ファルコにはわからない。
セシルがハンドバッグに右手を突っ込む。刹那、みんなは顔をひきつらせ、焦ったように銃の照準を彼女に合わせる。
「落ち着け。このバッグに武器は入っていない」
セシルはそういうと、ゆっくりとバッグから封書を取り出す。彼女はそれをファルコに渡そうとする。
「大統領から、おまえに渡してくれと頼まれた。中には、手紙とチップが入っている」
ファルコは唖然とした表情で、大統領からの封書を受け取るのだった。




