◇ 防衛線の兵隊
二人の兵士が、用心しながら運転席と助手席に分かれて近づいてきた。車の窓は全開だ。
いかつい顔の男が、ミランダと目を合わせながら問いただす。
「見ない顔だな。おまえたちは誰だ」
「シグマッハの情報部隊に雇われている者だ。通してくれ」
兵士たちは怪訝に思う。まあ、当然だろう。
「そうはいっても、なあ」
「素性の知れない人間を簡単に入れるわけには、いかねえからな」
ミランダが彼らに伝える。
「情報部隊のドルトンが、ラムドに捕まった」
このひと言は、かなり効き目があったようだ。
「連絡がとれないときいていたが」
「捕まってたのか」
ミランダは言葉を続ける。
「ドルトンは、以前からわたしたちに頼んでたんだ。自分が捕まったときはシグマッハの本部へ行って、そのことを知らせてくれと」
さらに続きがある。
「それだけじゃなくてな、大事な情報があるんだ。わたしの横にいる彼女が、その情報をもっている」
「どんな情報だ?」
「いえないよ。幹部だけにしか教えられない極秘情報だ」
兵士の一人が疑問をぶつけてくる。
「こっちへ来るまえに連絡しなければならないことは、知っているだろう。情報部隊と関係があるなら、連絡方法はきいているはずだ」
ミランダは答える。
「わたしたちも捕まりそうになって、ヤバかったんだ。どうにか車を盗んだが、見てのとおりラムドの激しい襲撃に遭ってな。通信機が壊れたんだよ」
彼女は通信機のスイッチを入れる。ザーッという雑音が流れ、どのボタンを押しても変化がない。
なるほど、車を見るかぎりは、よく生きてここまで来れたと思わないこともない。
だが、やはり彼らは疑り深い。セシルが着ている服に、かなりの違和感があるのだ。
「助手席の女は誰だ。そんな格好じゃあ、疑えといっているようなものだぞ」
セシルが言葉を返す。
「わたしは、ドルトンの恋人だ。エリーチェという名前だが」
兵士たちは驚いた。
「あんたが、ドルトンの彼女か!」
彼らは、その話を知っているらしい。
「確かに、あいつの彼女はエリーチェといってたな。こっちでは見られない美人だぜって、スゲー自慢してたよな」
セシルは微笑んだ。
「うれしいね。本当は着替えたかったけど、そんな時間がなかったんだ」
ミランダが彼らに訊いてみる。
「一応、武器があるかどうか、車を見てみるかい?」
彼女の言葉にセシルが続く。
「わたしの所持品は、このバッグだけだ。中を調べてくれてもいい」
兵士は、彼女たちに告げる。
「いや、けっこうだ。おまえたちを信じよう」
ホッとするミランダとセシルに、別の兵士がいった。
「二人のことを本部へ連絡するから、あとは……」
ここで、ミランダが彼の言葉をさえぎる。
「待ってくれ」
「え?」
本部に連絡しても、セシルがファルコに直接会えるとはかぎらない。ファルコの顔も見れないまま、手紙だけが渡されることになるかもしれない。それではダメなのだ。
「本部に裏切り者がいる」
「なんだと!」
「ドルトンほどの男が、ラムドごときにやすやすと捕まると思うか?」
彼らは顔を見合せる。ミランダは、作り話を組み立てるのに思考をめぐらす。
「ラムドに通報されたんだよ。ドルトンの名前も素性も、ラムドに筒抜けだったんだ」
「いったい、誰が通報したんだ?」
「わからない。だが、裏切り者がいることは確かだよ。シグマッハの本部にいる人間でなければ、情報部隊のくわしいデータは見られないからな」
確かにそうだと、兵士たちは思う。
「だから、連絡は本部入口の警備兵のところで止めてもらえるか? わたしたちのことが裏切り者に知れると、エリーチェが狙われて、情報が幹部に伝えられずに終わるおそれがある」
「わかった」
彼らはそういうと、ミランダの運転する車がザストンの町に入るのを許可するのだった。
これでセシルは直接、本部の指令室に入れる可能性が高くなった。




