◇ 侵入準備
三日後──セシルは、アストロチームのミランダ・ルゼとともに大統領官邸へ行き、特別車両のユニオンモービルでケンロッドの町を目指す。
ケンロッドは、シグマッハとの緩衝地帯にほど近い田舎町だ。ここで、シグマッハの本拠地に向かう車に乗り換える。
いっしょに行くミランダは、ケンロッドから乗る車の運転手を担うのだ。
ユニオンモービルには、官邸から運転手のほかに三人の職員が乗っている。男の彼らは荷物の管理などに携わるが、同行するのはケンロッドまでだ。
ミランダが、ニタニタしながらセシルに話しかける。
「隊長の私服姿は、想像できないな」
「この数日、大統領の側近たちに花嫁修業をさせられているような気分だったよ」
ミランダが「うひゃひゃひゃひゃ」と笑う。
セシルは眉をよせ、うんざりするようにいった。
「わたしにとっては、笑いごとではないんだがな」
「すまないね。しかし、本当に想像できないよ」
セシル自身がそうだった。まさか大統領側近のコーディネーターたちに、着付けから化粧の仕方まで叩き込まれるとは、夢にも思わなかった。
「戦場で戦った方が、どれほど楽か」
セシルのその言葉に、ミランダはうなずいた。
「ああ、それは、わたしにもわかる気がするな」
彼らは数日にわたって車で移動を続け、トラブルもなくケンロッドの町に到着するのだった。
ケンロッドで一夜を過ごした翌朝、ミランダがこれから運転する車をチェックしている。
彼女の着ている服は、工場の作業員に扮した服装だ。シグマッハ情報部隊の協力者という役を演じる彼女は、服が新品だと怪しまれるので適当に汚している。
車は、普通車両を改造したラムド軍のものだ。しかし、これが全然ふつうではない。
軍の車両は防弾ガラスだ。いまチェックしているこの車は、前後のガラスに銃弾を受けた跡がある。
ほかにも銃弾を食らっているのは、左右のドアやボンネット、後ろのハッチと、いたるところに被害を受けていている。
右のドアミラーが吹き飛ばされ、左のテールランプは潰れている。
一見すると、もうまともに走れないのではないかと思うほどボロボロだ。
見た目は確かに危なっかしいが、エンジンやシャーシ、タイヤなどは問題なく、走行に支障はない。
ミランダが運転するこの車は「ラムド軍から奪った車で、攻撃を受けながらシグマッハの本拠地に行き着く」という設定のために用意されたのである。
異常がないことを確認し、そろそろセシルが来るころだと思っていると、気品に満ちたスカート姿の女性が、ハンドバッグを左肩にかけてミランダの方へ歩いてくる。
ミランダは、目が点になった。
「ま、まさか……隊長か?」
その女性は、頭にかぶっている帽子のつばを上げて、顔を見せる。
セシルだった。ミランダが驚嘆した声を出す。
「マジか? まるで別人じゃないか!」
「そういわれても、全然うれしくないけどな」
「……やっぱり、中身は隊長のままだな」
二人は車に乗り、ミランダがエンジンのスイッチを入れる。
シグマッハの領域へ進入するべく、彼女はアクセルを踏んで、銃弾の嵐に見舞われたように見える車両を走らせるのだった。
まず、セシルたちはザストンという町を目指す。
小さな町だが、ここを過ぎればシグマッハの本拠地があるエルジダンだ。
そのまえに、防衛線を張っているブレゼオ山岳地帯の検問をのりきらなければならない。
最初の難関は、ここだ。
検問所では、ビームライフルを構えた兵隊が数人、こちらを警戒するように立っている。
この車がそっちへ向かっているのを、すでにとらえているのだろう。
ミランダは、ドルトンからきき出した情報のとおりに合図を送る。
車のライトを二回、一回、三回とパッシングする。
そして、彼らの前で車を止めた。




