◇ ドノヴァンの敵
イレーナがセシルに伝える。
「隊長、フォーゼリエ・メディカルマスターから連絡です」
セシルが通信装置のマイクまで来る。メディカルマスターのティナ・フォーゼリエは、セシルと同期だ。
「フォーゼリエ、わたしだ」
「えらくバタバタしてるみたいね。なにかあったの?」
「ターレルに向かったモルダンとジーグが、そこでシグマッハの悪魔に遭遇した」
「──っ!」
「下にいる救援チームに、部下とともに同行してくれ。わたしもすぐに行く」
「了解。メディカルチーム、ティナ・フォーゼリエ以下、ロラン・パーセルならびにマーサ・チェルゼ、救援チームに同行します」
「頼む」
彼女は参謀のアストンに告げる。
「あとは任せる。わたしに、もしものことがあったときは、頼んだぞ」
アストンは血相をかえて言葉を返した。
「待ってください。あなたにもしものことがあると、特機隊はまともに機能しなくなります。ターレルの現場には、わたしが……」
「相手はシグマッハの悪魔だぞ。ジーグとモルダンの二人を連れて帰れる可能性がいちばん高いのは、わたしだ」
アストンは沈黙を余儀なくされる。
セシルはイレーナに指示を出した。
「通信はハイブリッドで、わたしの方にまわすんだ。絶対に切るなよ」
「了解です」
ふたたび、アストンの方をふり向いた。
「では、行ってくる」
困惑した想いがその顔に隠せないアストンは、出せる言葉が限られる。
「……どうか、ごぶじで」
セシルは、無言で首を縦にふった。
セシルが救援チームの装甲車に乗り込むと、彼女はみんなに告げる。
「全員、準備はいいか。最初の目的地は、ターレルだ。そこからヤーパスに向かう。モルダン副隊長とジーグを確保しだい、帰還する。行くぞ、発進せよ!」
セシルの号令により、彼女を乗せた装甲車が出発する。さらに隊員たちを乗せたトラックに、メディカルチームのホバーランサーが続く。
──間に合うだろうか
セシルは気がかりでならない。彼女は、指令室の通信を介してヘッドギアからきこえてくるレミーたちの会話に、神経を集中させるのだった。
一方、ヤーパスに向かおうとしていた三人は、異様な雰囲気をかもし出していた。
余裕のある笑みを浮かべるドノヴァン・オズマを前に、リナ・ジーグとレミー・モルダンは緊迫した空気におおわれる。
武器などなにひとつ備えていない人間が、まさかシグマッハの悪魔だったとは、誰が想像できよう。
彼は、仲間と連絡をとるための通信機さえ持っていないのだ。
重い空気がのしかかるなか、レミーが口をひらいた。
「おまえは、なぜターレルにいたんだ」
しかも、たった独りで。そんな彼は、レミーに答える。
「ラムドの部隊を待ってたんだよ。ここへ来るはずの部隊をね。まあ、当てがはずれたけど、そのかわりに君たちが来た」
レミーは息を飲んだ。
──こ、こいつ、ひとりでわれわれの部隊を相手に戦おうとしていたのか!
だが、彼なら不可能ではないだろう。むしろ、ラムドの部隊が全滅する確率の方が、ずっと高いかもしれない。
レミーがそんなことを考えているとき、リナは別のことを思っていた。
彼女はそれをドノヴァンにぶつけてみる。
「どうして、わたしたちをすぐに攻撃しなかったのですか?」
不意をついて殺すチャンスは、いくらでもあったはずだと彼女は思う。それなのに、この男は殺気がまったくなかった。
対峙しているいまでもそうだ。まるで、自分たちといっしょにいるのを楽しんでいるかのようだ。
彼は答える。
「俺の本当の敵は、君たちじゃないんだ」
「え?」
ドノヴァンの言葉に、彼女たちは呆然となる。
「俺の敵は、ラムド第二代大統領、ダーモス・コーネンなんだよ」
彼らの間に、一陣の風が吹いた。それが合図であるかのように、三人をとりまく雰囲気が変わってゆく。