◇ 可能性
ムルグッドもラパノスもどうにか制圧を免れ、ラムドにふたたび平和がおとずれる。
そんななか、不快な気分がどうしても拭えない人物が、ひとりいた。
「見つからんな……」
情報局長官のボルグは、流民収容施設に地下室が存在していたということに、ずっとこだわっていた。
レミー・モルダンが痕跡を見つけたなら、それに関するデータが必ずあるはずなのだ。しかし、どれだけ探しても、地下室の情報は出てこない。
長官の自分が知らないということが、気にくわない。彼にすれば、あり得ないことだ。
マスターコンピューターへのデータの入力漏れではないのは、ほかのデータから判断できる。だいたい、流民収容施設に地下室の必要性はない。
政府に要請してすべての流民収容施設を調べてもらったが、地下室の痕跡が認められたのは、第三区域の施設だけである。
「なぜ、第三区域だけが?」
第三区域は、特別になにがあるという地区でもない。考えれば考えるほどわからなくなり、いらだってくる。
それが、ボルグの睡眠時間を毎日のように削ってゆく。
ある日、寝不足のボルグの頭に、閃くように直感が走った。
痕跡があるのに、データがない。だがデータがないのではなく、あえてデータをのこさなかったとすると
──まさか
自分が知らなくて当然のパターンが、ひとつだけある。
──ウルトラシークレットか!
それなら、あり得る。ウルトラシークレットなら、情報をメインコンピューターにインプットするはずがない。
目が覚めた顔になったボルグは、副長官のエルガー・クーパーに命令する。
「ラーホルンの流民収容施設における地下室のデータを探し出せ。物理的資料として、のこっている可能性がある」
正式な図面ではなく、考察段階の手書きの図面がどこかにあるかもしれない。
地下室ときいて唖然となったエルガーは、呆けた顔で言葉を返した。
「ラーホルンの、流民収容施設の地下室……ですか?」
「そうだ」
「きいたことがありません」
「ロディオン司令官から、あの施設に地下室が存在した痕跡があると連絡があった。すぐに調べるんだ」
エルガーは、確認すべく尋ねた。
「物理的な資料というと、保管倉庫や図書室ですか?」
「ああ、徹底的に探すんだ。手の空いている部下を総動員しろ」
「わかりました」
エルガーは、さっそく行動に移る。だが、地下室の存在を証明する証拠が必ず見つかるとはかぎらない。
ボルグは、ひょっとしてその地下室は、かなり以前にラムドの国が成立するまえに造られたのではないかと思わないでもない。
もし、そうだとすると、当時の人間はいったいなにを企てていたのか?
ともあれ、ボルグはなんとしても地下室の謎を解きたいと思うのだった。
情報局副長官のエルガーは、部下を連れて地下の第二保管庫に入った。ボルグからきいた資料は、なかなか見つからない。一階の倉庫では、いまもほかの部下たちが探している。
定時に仕事が終わる時刻を過ぎ、一時間ばかり経過したときだった。
部下のビルマンが、エルガーを呼ぶ。
「副長官」
「どうした」
「見てください。これなんですが」
若いビルマンが指さすものを見たとき、エルガーの目が点になる。
「パーソナルコンピューターだ。これは、三十年以上まえのものだ」
折りたたみ式のパソコンだ。古さは感じさせるが、カバーを被せてあったので、埃まみれにはなっていない。
「情報局が通信管理公社と呼ばれていた時代のやつだ。一階の展示室にあるものと同じだな」
若い世代の職員は、現物に触れたことがない。ビルマンがエルガーに問いかける。
「なんで、そんなものがここにあるのですか?」
「さあな。昔、誰かがこのパソコンを持って、この保管庫に……」
エルガーは、ハッとする。
──いや、待て
個人の所持品を、こんな地下の保管庫に持ってくるはずがない。公社と呼ばれていた時代から禁止されていたはずなのだ。
データをコピーできるパソコンであれば、なおさらだ。




