◇ アストン・ワグナーの機転
シグマッハが撤退すると、入れ替わるようにセシルたちの部隊がやってくる。
セシルはすでにアストロチームがシグマッハを退却させたことを、アストンからきいている。
アストロチームと合流した彼女は、笑みを浮かべた。
「マスター・ルゼ、あなたがいてくれて本当に良かった」
「シュルツが大活躍だったよ。敵の幹部に大きなダメージを与えたのが、かなり効いたようだ」
「そうか。シュルツ、よくやった」
「は、はいっ」
隊長の前では、やはり固くなるローヌ・シュルツである。
だが、新人でありながら大きな功績を築いたローヌを、セシルは頼もしく思う。
アストロチームのマスターであるミランダ・ルゼが、ここへ来た経緯を説明する。
「隊長がムルグッドへ出撃したあと、指令室のスクリーンマップにラパノスのアラームが鳴ったらしいんだ」
そのとき、セシルの代わりを務めるアストン・ワグナーは気づいた。シグマッハのムルグッドへの進行は、陽動なのだと。
「ワグナーが、情報局に連絡したんだ。これまでの日常とくらべて、極端にちがうと思うようなデータがあれば教えてくれと」
あまりにも突然の急襲だった。シグマッハが事前に準備していたのは明らかだ。
それなら、地理はもとより攻撃を有利に進めるための情報を必ずチェックするはずだと、アストンは思った。
「で、怪しかったのが」
ミランダは、後ろをふり返る。
「この建物、総合建設会社だ。情報局の端末から、何度もアクセスしていたようだ」
それをやったのは、ノーティスである。シグマッハにすれば、ラムドの迎撃部隊を高い位置から壊滅させるには、ちょうど良い条件を満たしていたのだ。
「なかでも、五階の第二企画事務室が、執拗にアクセスされていたんだよ。あんな部屋のデータなんか、ふつう何度も見ないだろ?」
セシルは、納得するようにうなずいた。ミランダは言葉を続ける。
「それで、自分たちアストロチームはワグナーからの指令を受けて、現場へ飛んだんだ」
時間との勝負だったが、どうにかシグマッハより先に到着することができた。
「建物に入って、五階のその部屋で待機していたんだ。あいつの読みは、ドンピシャだったよ。本当に、いい部下をもったな」
セシルの顔に、笑みが浮かぶ。
「わたしがいなくても、頼りになる男だ」
アルオーズ誘拐事件の際、そのアルオーズをぶじに奪還できたのはアストン・ワグナーの働きが大きい。
二人の会話は続く。
「隊長が、ハーシュの部隊からひっぱってきたんだよな? 正解だよ。ハーシュの部隊にいたままだったら、もう死んでるぞ」
実際、ザナ・ハーシュの部隊は、後方支援をふくめて全滅している。
ミランダは、ふと思い出したことをセシルに訊いた。
「ムルグッドの方は、たいしたことなかったのか?」
セシルは首を横にふる。
「いや、遊撃部隊がけっこう苦戦していた。ジーグが敵の後衛を一掃して、そのあとは攻めまくって圧し返したんだ」
「なかなかやるな。ジーグは、いまなにをしてる?」
「装甲車の中で寝ているよ。久しぶりの戦闘だったので、疲れたようだ」
ムルグッドの戦いが終わったとき、リナの全身は汗びっしょりで、疲労困憊の状態だった。
その様子に、セシルは少なからず驚いた。リナがこれほど疲れているのを、彼女は見たことがない。
一ヶ月ほどのブランクは思った以上に大きく、レイズを発動する精神力に体力がついていけなかったようだ。
ダブルレイズは、それだけ負担が大きいのだろう。まったく疲れを見せないドノヴァンは、異常というべきだ。
──ジーグだけは、ベストな状態で挑ませないと……
深刻な顔をしているセシルに、ミランダは笑顔を見せる。
「隊長、そろそろ帰ろうぜ。腹がへったよ」
「ああ、そうだな」
セシルは特機隊のみんなに告げる。
「全員、帰還する。基地へもどるぞ!」
セシルを先頭とする特別機動部隊は、今回の勝利を祝って凱旋するような雰囲気で基地に帰って行くのだった。




