◇ 不快な事実
セシルたちラムドの隊員は、流民収容施設から特機隊の基地に帰還する。
施設にドノヴァンがいれば、シグマッハは簡単には襲撃してこないだろう。
施設の壁の修理は、ラムド軍から連絡を受けた政府が業者に依頼し、政府の監修のもとで行われることになった。
特機隊の基地に到着したセシルは、リナとローヌ・シュルツを指令室に呼ぶ。
「バタバタしていたので、いうのを忘れていたよ。シュルツは、明日から正式にアストロチームの隊員となる」
「はいっ」
元気に返事をするローヌに、セシルはもうひと言、つけ加える。
「ブルガナンの宿舎の風呂場を、壊したそうだな」
「す、すみませんっ」
やっぱり怒られると思ったローヌだが
「マスター・ルゼが、大笑いしていたぞ」
「え?」
ローヌもリナも、セシルの言葉をきいて呆気にとられた顔をする。
「腹を抱えて笑っていたよ。あの人があんなに笑うのを見たのは、はじめてだな」
「………」
ローヌがやらかした話をきいたアストロチームの隊員たちは、チームマスターのミランダ・ルゼにかぎらず、みんなが笑いまくった。
「まあ特機隊のなかでも、もっとも重要なチームに配属されるわけだが、がんばってくれ」
「は、はいっ」
ローヌは一礼すると指令室を出て、自分の持ち場に向かって行った。
セシルはリナにふり向く。
「オズマは、なぜあそこにいたんだ?」
「それが……」
リナは、彼から直にきいたことをセシルに話した。セシルは、ため息をついた。
「そうか。あいつも難儀だな」
ドノヴァンも、行くところがないのだろう。彼は、シグマッハがふたたび襲撃してくることがなければ、施設を出るといっていた。
シグマッハは、裏切り者の彼を殺すために、追ってくる可能性がある。だとすると、ドノヴァンにすれば、いつまでも施設にいるわけにはいかない。
セシルは、できればドノヴァンを自分の部隊へひき入れたい。だが、それはかなわない。
──あれほどの男が、流民で終わってしまうのか……
セシルの胸に、やるせない想いが広がってゆく。
統合本部では、セシルたちが帰還するまえに、司令官のワイアードが情報局長官のボルグと話していた。
ボルグは眉をひそめる。
「地下室だって?」
「そうだ」
「ラーホルンの流民収容施設に?」
「第三区域の施設から少し離れた場所に、その痕跡が認められたんだ」
「初耳だ。そんなデータは見たこともきいたこともない」
「ファーマインがモルダンを連れて調べたんだ」
レミー・モルダンの名前が出た時点で、その情報は間違っていないことがわかる。彼女は、もと情報局の工作員だ。
「こっちで調べる」
ボルグはそういって、ワイアードとの通信を切った。だが、腑に落ちない。自分が知らない事実を、彼はなかなか認められない。
それで、部下のオルトナに調べさせた。だが──
「出てきませんね。施設の設計図を当たってみます」
しかし──
「地下室の設計図はありません。一応、ほかの区域も調べましょうか?」
「ああ、頼む」
結果は、ボルグの思ったとおりだ。
やはり、情報局のコンピューターに蓄積されているデータに、流民収容施設における地下室の情報はない。
彼は、その事実をワイアードに報告する。
「地下室の存在を実証するデータは、なかった。ほかの区域も調べたが、結果は同じだったよ」
「そうか。わかった」
ボルグとしては、それがまぎれもない事実なのだが、どうもスッキリしない。
本当は、自分でわかっている。レミー・モルダンがレイズを発動して出した結果に、間違いはない。そっちの方が真実なのだ。
彼女は特機隊にひき抜かれるまえは、ボルグがもっとも信頼できる情報局の工作員だったのだ。
──この現実を、どう考えればいいのだ
まるで、罠にでもはめられたような気分だ。違和感よりも不快感が、彼の心をおおってゆく。
ボルグは、自分で流民収容施設のデータを、細かい部分まで片っ端からチェックするのだった。




