◇ ベルムング指令室
ラムド特機隊は、数日前にベルムングに到着すると、ここを拠点にしていた。
放送設備の整った公民館の一室を指令室として、特機隊の全員が建物内に待機している。住民は、建物内には立ち入り禁止だ。
政府も軍も、ベルムングはまだ安全であるとして警戒区域に指定せず、住民はふだんと変わらない日々を送っている。
ただ、ラムド領域内を走る交通機関は、警戒区域のターレルまで運行するのを停止している。
ちなみに、シグマッハの領域にも電車やバスは存在する。軍の隊員や組織の兵隊がそれらを利用することはまずないが、諜報部隊や情報工作員は別である。
指令室の通信隊員イレーナが、ターレルにいるレミーと連絡をとる。
「モルダン副隊長、すみません。規則ですので、作戦部隊名と遂行隊員の名前をお願いします」
「ああ、わかった。ターレル地区先攻作戦隊、レミー・モルダンとリナ・ジーグ」
「了解しました。では、お気をつけて」
その通信をきき終えたセシル・ファーマイン隊長に、参謀を務めるアストン・ワグナーが声をかける。
「ターレル地区には、シグマッハの部隊は来ていないようですね」
セシルは、うなずいた。
「うん。間に合わないかもしれないと思ったんだがな。誰もいなかったとは……いや、一般人がひとり、いたか」
「ガセの情報をつかまされたのでは?」
「政府情報局の諜報員は、みんなエリートだ。いままで、彼らの情報に間違いはなかった」
「シグマッハの方で、なにかあったんですかね?」
「わからないが、その可能性は十分にあるな。もうひとつわからないのは、バルセダンでシグマッハの部隊と、かち合ったことだ」
これは、まったくの予想外だった。こういうことにならないように、先進部隊は進行ルートを変更して、バルセダンへ向かったのだ。
──先日まで、シグマッハがそっちに動く気配など、なかったのに。やつらは、いったいなにをやろうとしているのだ?
セシルが思考を巡らせていると、イレーナが彼女に伝える。
「隊長、救援チームのチェックが終わりました。すべてが万全です」
「わかった。そのまま待機しててくれ」
「了解」
アストンがセシルに尋ねる。
「この救援チームは、バルセダンへ向かわせるためですか?」
「そうだ。まあ、動かすことになるかどうかは、まだわからないがな」
すでに、統合本部から支援部隊が応援に出向いている。作戦の優先度はそれほど高くないため、壊滅の危機があれば撤退することも視野にいれている。
二人で話していると、通信装置のスピーカーが、いきなり音声を響かせる。
『貴様、一般人ではないな。何者だっ』
『俺、ドノヴァン。いわなかったっけ?』
急に飛び込んできた音声に驚いたセシルとアストンは、すぐさまスピーカーのそばに歩み寄る。
レミー・モルダンは自分のアーマースーツを戦闘モードに切り替えたときに、この指令室に現状を伝えるべく、通信装置のスイッチを入れたのだ。
彼女はそういう大事なことは、頭で考えるよりも身体の方が先に動く。
セシルの表情がこわばる。
──この声はモルダンだ。一般人と、なにかあったのか?
続いて、リナのヘッドギアのインカムが、レミーの無線装置を介して彼女の声を飛ばす。
『ま、まさか、あなたのフルネームは』
『フルネーム? 俺は、ドノヴァン・──』
男の名前をきくまえに、セシルの背中に悪寒が走る。最悪の事態にみまわれる予感が、瞬時に彼女の全身をつつみ込んだ。
『オズマ』
刹那、指令室の空気が一瞬で凍りついた。
セシルの顔から、血の気がひいてゆく。
──オ、オズマ? シグマッハの悪魔だと!
彼女は青くなった顔で、すぐさま怒鳴るように指示を出した。
「救援チーム、発進準備っ。目的地はターレルだ!」
「了解っ」
「フォーゼリエはどこだっ。メディカルチームのフォーゼリエに、大至急わたしに連絡するよう伝えろ、急げ!」
「は、はいっ」
指令室が、一気にあわただしくなる。
──ターレルにいたのが敵の一個部隊ではなく、なぜオズマなんだ? いったい、どうなっているのだっ
セシルの頭が混乱し、ショートしそうになる。