◇ 急変
スックと立ち上がったドノヴァンが、リナに訴える。
「リナちゃん、きいてくれる? この子たち、ひどいんだよっ」
そばにいる男の子がいった。
「うるせえ、新入り」
ドノヴァンの脛を、ゲシッと蹴る。
「おおうっ」
ドノヴァンは蹴られた足を上げて、痛そうに両手で抱える。
片足で立っている彼を、別の男の子がドンッと突き倒した。
「やっちゃえ」
「やっちゃえ」
二人の男の子と一人の女の子が、転んだドノヴァンを蹴りまくる。女の子の方が、男の子よりも蹴っている。
「こ、こらっ」
リナはあわてて女の子を彼からひき離して、その子のお尻を叩く。
いつも子どもたちのめんどうをみる女性が、疲れた顔をしてドノヴァンを蹴っている男の子を止めに入った。
自分はなにをすればよいのか、わからないローヌは、突っ立ったままこの状況を呆然と見ているのだった。
騒ぎが一段落したあと、リナはドノヴァンに訊いてみる。
「なぜ、こんなところにいるのですか?」
「いろいろあってね……」
彼の話によると、どの町へ行ってもなかなか仕事にありつけず、やっと雇ってもらえた仕事も失敗の連続でクビになり、けっきょくここへ流れ着いたという。
こんどは、ドノヴァンがリナに尋ねた。
「リナちゃんは、なんでここに?」
「隊長の命令です」
自分でそれを口に出したときに思った。セシルが自分たちをここへ行かせたのは、ドノヴァンがいるからだと。
彼は、一般人を平気で殺すような人間とは思えない。しかし、警戒すべき人物であることにかわりはない。
ラムドの情報局は、常にドノヴァン・オズマの状況をとらえようとしている。
施設の警備員たちは、情報局からのデータでドノヴァンの存在を知っている。だが、彼が「シグマッハの悪魔」と恐れられた人間であったことは、知らされていない。
正直に伝えると警備員たちがパニックに陥り、それが元で予期せぬ犠牲者が出る恐れがあるため、情報局はよけいなことは知らせないようにしているのだ。
ドノヴァンについては「注意すべき人物」とだけ連絡している。
ドノヴァンがこの施設にいることをリナたちは知っていると勘違いしている彼らは、彼女たちにはなにも話していない。
ゆえにリナは、彼がここにいるとは考えてもみなかった。
ドノヴァンが流民収容施設を破壊するとは思わないが、彼の様子を見てくるように自分たちは派遣されたのではないかと、リナの思考は落ち着いた。
それにしても、子どもにいじめられていたとは夢にも思わなかった。
セシルが困惑し、いいよどんでいた理由がわかった気がする。
事がおさまり、リナは特機隊の基地に連絡を入れると、彼女たちはブルガナンの宿舎へひき返してゆくのだった。
夜──ブルガナンの宿舎に帰ったリナとローヌは、風呂に入る。
ローヌがあけた大きな穴は、きれいにふさがっていた。壊した痕跡が全然わからない。
職人の匠な業に驚いた。
二人でいろいろ話していると、ローヌがリナに対して不思議に思うことを尋ねた。
「ジーグ隊員は、シグマッハの悪魔と呼ばれたオズマさんと仲がいいですよね」
「いや、あの、そこまでは」
「アイロブのときでも、ノーティスという幹部とふつうに話していたではないですか」
リナは言葉を返せない。自分では、別に二人と仲がよいとは思っていない。
ただ、彼らは
──なぜ、わたしを……
あんなに優しい、慈しみの込められた目で見るのか。
そんなことを考えていると、不意に更衣室が騒がしくなる。
湯船に浸かっている彼女たちは入口の方へ顔を向けると、そのドアが開いた。
姿を見せたのは女性ではなく、インナースーツを着たガイ・ユングだ。やはり洗面器で顔を隠している。
「緊急事態ですっ、ラーホルンの流民収容施設が、シグマッハに襲われました! いてっ」
女性客が、彼の後ろでいろんな物を彼に投げている。
ガイの声をきいたリナたちは、時間が止まったように唖然となった。
──あんなところに、シグマッハが?
ガイは続ける。
「大至急、ラーホルンに向かいます。ソッコーで準備を……あたっ」
ガイがドアを閉めると、リナとローヌは風呂から上がり、ラーホルンに向かう準備を整えるのだった。




