◇ そして幹部に
ファルコは不可解な顔をする。
「なぜ、ここへ来た?」
レオナッシュは、凍りつくような目をして答えた。
「ラムドにいても、父さんの殺害についてはなにもわからない。ラムドはもう、俺にとっては敵なんだ」
その想いが、ファルコの肌に伝わってくる。
──こいつは、本気でそう思っている
レオナッシュは言葉を続ける。
「俺は、父さんを殺したヤツが誰なのかを知りたい。あんたたちの方が、ラムドの人間よりも信用できる」
ファルコは胸の前で腕を組んだ。
「ここは、貴族の生活とはかけ離れているぞ」
「ここへ来るまえは、野宿したこともある。屋根のある部屋で寝ることができれば、幸せだよ」
「ラムドは敵だというなら、おまえの友だちも殺すことになるぞ」
「俺はきらわれ者でね。大統領の息子だとチヤホヤされても、裏では悪口で盛り上がっていたようだ」
実際、レオナッシュには友人と呼べる仲間は、一人もいなかった。
そんな彼に、ファルコはもっとも重要なことを確認する。
「おまえに人が殺せるか?」
レオナッシュの目の色が変わる。
「誰を殺したい?」
ファルコはその目を見て思った。
──憎悪の塊だな
恨みと憎しみの真っ黒なオーラが、レオナッシュの全身からにじみ出てくるようだ。
ファルコは決断する。
「いいだろう。おまえをシグマッハの一員と認めよう」
「ありがとう」
レオナッシュは、総隊長の彼にいうべきことがある。
「ひとつだけ、頼みがあるんだ」
「なんだ」
「俺の本名を、伏せてほしい」
ファルコは理解した。ラムド政府の大統領の息子が組織にいると知れると、みんなに混乱を招きかねない。
「わかった。おまえのことを、なんと呼べばいい?」
「そうだな、バジル……ノーティス・バジルと呼んでくれ」
シグマッハの正式な隊員となったノーティスに、ファルコは組織の規律などを説明する。そして、彼に個室をあてがった。
ふつうなら相部屋となるところだが、個室を提供されるのは幹部クラスぐらいなものだ。
だが、ファルコはノーティスの資質を感じとっていた。多くの人を説得し、まとめることができる資質は、父親ゆずりといってよい。これは幹部となるための条件でもある。
そして保護色のレイズ。ノーティスだけが備えるこの能力は、これから先の戦闘でどれほど役に立つかわからない。
実際、シグマッハの一員となったノーティスは、幹部となるにふさわしい活躍をしていったのである。
諜報そして戦闘に、保護色のレイズで己の姿を見えなくするノーティスは、シグマッハにとって、なくてはならない存在となった。
人体センサーにひっかからないかぎり、彼の存在を確認できる者はいない。
しかし、ノーティスがラムドからやってきた男であることが知れわたったシグマッハ内部では、彼に疑念を抱く者たちも多かった。
その疑念を晴らしたのが、貴族の街アイロブの襲撃だった。ラムドの領域で、これほど莫大な被害を受けた街はない。
ぶじだったのは、ノーティスが育った元大統領レオパルド・バルフォードの屋敷ぐらいなものである。
当時、ノーティスはファルコに伝えた。
「俺が住んでいた屋敷も、ぶっ壊せばいい。遠慮しなくていいよ」
「いや、街を制覇したあとに拠点が必要となる。おまえの屋敷は、そのためにのこしておこう」
それで、バルフォード家の屋敷は被害をまぬがれたのだった。
他は、めちゃくちゃに破壊の限りを尽くしたシグマッハだが、その先頭に立ったのはノーティスである。なにより、自分の育った街なので地理にくわしい。
アイロブ完全制圧まであと少しというところでラムドの政府軍に圧し返されたが、これはシグマッハの部隊が、戦うよりも撤退を優先したことによる。
ラムド軍が最低限の守りをのこし、それ以外の部隊が大軍でアイロブに向かってきている情報をノーティスがいち速くつかんだ。そのおかげで、兵士たちの被害を最小限に抑えることができたのである。
このあとすぐ、ノーティスは幹部に昇進したのだった。




