◇ 邂逅~まさかの出会い
きょとんとしているリナに、ドノヴァンは興味津々な顔をして話しかける。
「君はひょっとして、ラダモストの戦闘でシグマッハの部隊を全滅させたという、あのジーグ?」
困惑した想いが顔に出ているリナは、逆に問いかける。
「あ、あの、どうしてそれを」
「有名人じゃないか!」
ドノヴァンは、まるで子どものように無邪気になり、興奮しながら話すのだった。
「すごいなっ。ラダモストの救世主が、こんなにかわいい女の子だったなんて!」
戸惑いながら、はにかんでいるリナのそばで通信を切ったレミーは、喜びにあふれた笑顔のドノヴァンを見て唖然となった。
──ジーグがラダモストの救世主であることは、確かかもしれないが……ジーグの名は、それほど有名なのか?
本来、敵部隊を殲滅するほどの戦闘力があるジーグの名前は、軍の極秘情報だった。
それが一般社会の知るところとなったのは、シグマッハがラダモストの戦場でひろったセシルとレミーの会話のコピーを、ラムドのメディアに流したからだ。
シグマッハは、ラムドのメディアが「ジーグ」と呼ばれる兵士のくわしい情報をさらけ出すことを期待した。しかし、そう簡単にはいかなかった。軍の機密情報が一般メディアにやすやすと入手されるほど政府軍がヌルい機関なら、いまごろはシグマッハが大きく有利な状況で戦闘を進めているだろう。
だが、極秘情報の漏洩は、ラムド軍の首脳陣を混乱させるには十分だった。
とにかく、ドノヴァンを安全なところに送りとどけなければならない。三人は、ヤーパスに向かって足を進める。
その間、レミーとリナが会話をはじめる。
「隊長がいうには、統合本部が支援部隊をバルセダンに向かわせているらしい」
「え? あそこは確か……」
「ああ。先進部隊はこっちで敵との遭遇を避けるために、バルセダンの方へわざわざルートを変更したんだが、なぜか敵とかち合ってしまったんだ」
レミーが眉をよせる。
「なんでだろうな」
「でも、ターレルの人々が、みんなぶじに避難できて良かったです」
「うん」
リナのいうことは正しいのだが、合点がいかない想いがレミーの顔にあらわれる。
「ひょっとすると、ここへ来るはずのシグマッハの部隊も、バルセダンに向かったんじゃないだろうか」
彼女たちの後ろを歩いていたドノヴァンが、不意に声を響かせた。
「そうだよ」
レミーとリナの足が止まる。彼女たちは驚いた目をして、ドノヴァンにふり向く。
「あいつらは、本当はここへ来る予定だったんだ。やつらの目的は、その先にあるベルムングだったんだけどね」
余裕のある話し方が、彼女たちに警鐘を鳴らす。
「でも、ラムドの部隊もすでに動いているという情報が入ってね。シグマッハの部隊も、あまり犠牲を出したくなかったんだ。あの部隊は、ラムドを罠にかけて待ち伏せするのが目的だったんだからね」
相変わらず、飄々としている男だ。
「ラムドが先に来るという情報が入ると、その直後にここが戦闘警戒区域に指定されたんだ。だからあいつらは、別のルートを考えなければならなくなった。ベルムングでの待ち伏せが、間に合わなかったからね」
リナの頭に、疑問が渦巻く。
──どうして、そういうことを知って……
すると、レミーがリナの手をガシッとつかみ、全身から危機感を放ちながら叫んだ。
「こいつから離れろ!」
リナとレミーは、瞬時にその場から五メートルほど飛び下がる。
それを見たドノヴァンが、感心したように笑みを浮かべた。
「へえ、なかなか鍛えられているね」
彼女たちのアーマースーツが、戦闘モードに変形する。スーツに組み込まれたエルレアン合金が、個々の体型に合わせて瞬時に戦闘形態に形を変える。
レミーはドノヴァンをにらみながら、銃を向けた。
「貴様、一般人ではないな。何者だっ」
「俺、ドノヴァン。いわなかったっけ?」
どう考えても、彼はシグマッハの手先だろう。
ゾワッと、リナの身体に戦慄が走った。彼は、たった独りで食料品店の中にいた。
ラムドの部隊が来るという情報を手にしていたのに。それこそ、まるで待ち伏せするように。
思いつく人物は、ただひとり。
「ま、まさか、あなたのフルネームは」
「フルネーム? 俺は、ドノヴァン・──」
彼女たちのまえに、あらわれた男は
「オズマ」
シグマッハの悪魔と呼ばれる、最凶の戦士だった。