◇ アイロブふたたび
アルオーズ誘拐事件が解決してから、七日が過ぎた。
ラムド政府の政治家は、一族代々がアイロブ出身という貴族がほとんどだ。アルオーズもその一人である。
彼がシグマッハに誘拐されたことが政治家たちに知れると、彼らを守るためにアイロブに常駐する警備員の多くが、政治家たちの方へまわされることとなった。
そうなると、アイロブの街を警備する人員が足りなくなり、街全体の安全が確保できなくなってくる。
ゆえに政府は、この街の警備を軍がまかなうように決定した。
一時的な処置ではあるが、アイロブに近いユードルトに拠点がある特機隊が、その任にあたることになった。
リナは完全復活とまではいかないが、どうにか怪我は完治した。いま、彼女はローヌ・シュルツ隊員とともに街を巡回している。ローヌはリナより年上だが、昨年まで訓練生であり、今年から正式に特別機動部隊の一員として認められた隊員である。
がっしりとした体躯でリナより十センチ背の高い彼女は、今回がはじめての任務である。
表情が固い。かなり緊張していることが、その顔にあらわれている。
リナは、花屋の前で足を止める。以前、ここでノーティスに会ったのを思い出した。
横にいるローヌが、リナに話しかける。
「ジーグ隊員、なにかありましたか?」
「あ、いえ、別に」
とらわれそうになった過去の記憶を心の奥底に沈め、任務に立ち返ろうとしたとき、後ろから声が響いた。
「リナちゃん」
きき覚えのある声だ。素早くふり向くと、思ったとおりの人物がいる。
ノーティスだ。彼はリナに「声を出すな」というように、左手の人差し指を自分の口元にかざした。
「君に渡すものがあるんだ」
右手を服のポケットに突っ込むと、直径八センチほどの金色のメダルを取り出した。
厚さが五ミリほどのそれを、リナに渡そうとする。
リナは、右手で受け取りながら尋ねた。
「これは?」
「俺のことを証明するものだ」
メダルには、見たことのない模様が刻まれている。
「なぜ、わたしに」
「もう、自分には必要ないと思ったんだ」
不可解な想いと困惑する想いが、リナの頭に渦巻く。
「理由がわかりません。いらないものを、なぜわたしが受け取らなければ……」
「君には、借りがあるんだ」
「え?」
「父さんの仇を、君が討ってくれた」
まったく覚えがない。そもそも、リナはノーティスの父親について、なにも知らない。
ふと思う。あまり下衆なことは考えたくないが、このメダルを売ったとすれば、かなりのお金になるではないか。
だとすると、そんな高価なものは受け取れない。
だが彼は、自分のことを証明するものだといった。単に個人を証明するエンブレムらしき物に、それほどの価値があるのだろうか。
戸惑うリナに、ノーティスは微笑む。
「縁があったら、また会おう」
ノーティスはそういうと、己の姿を消してゆく。
リナは急いで呼び止める。
「待って!」
しかし、彼の姿は完全に見えなくなってしまった。
不意に、ローヌが問いかけてくる。
「ジーグ隊員、あの人は?」
不思議なものを見たような目をしているローヌに、リナは答えた。
「ノーティスという人です。あの人は……」
ローヌの叫ぶような声が、リナの言葉をさえぎる。
「ノ、ノーティス? 敵ではないですかっ。しかもシグマッハの幹部! い、いったい、どこに消えたっ」
彼女は腰に備えている銃を手にすると、両手で構えながらまわりを警戒するように銃をふりまわす。
リナは、ひどくあわてた。
「シュルツさん焦らないで、落ち着いてくださいっ」
「そ、そうだ、本部に連絡して応援を……ああっ!」
ローヌは通信機で本部に連絡しようとしたが、その通信機を地面に落としてしまった。彼女は完全にテンパっている。
そのとき、リナの通信機から着信音が響いた。




