◇ 消沈
ノーティスが、シグマッハの本部に帰ってくる。
作戦会議室に入ると、いつもの幹部たちがそろっている。
ファルコ・ウォーゼス総隊長をはじめ、ディガー・ムーア、ガラハッド・ベルコ、ゼノバ・リジンという面々だ。
ドノヴァンがいなくなったのは、やはり寂しい。
円卓の席に座ると、ディガーが困惑した面持ちで話しかけてくる。
「ズッカーナで、なにが起きたんだ。ファーマインが来ていたというのは、本当か?」
ノーティスは答える。
「本当だ。医療チームのスタッフに変装していたよ」
ノーティスも、ズッカーナの中央広場に来ていたのである。レイズを発動して姿を消し、アルオーズとレミーの交換を離れた所から見ていたのだ。
もっとも、その二人の交換は実現しなかったが。
ガラハッドが顔をしかめる。
「ヤツは、ラムドの情報局にいたんだぞ。身体が二つないかぎり、無理だろうが」
ノーティスは彼に顔を向けると、いった。
「情報局にいたファーマインは、本物か? ズッカーナに来たファーマインは、テレポーテーションで装甲車に移動して手榴弾を投げ入れ、すぐにもどってアルオーズを瞬間移動で医療車両まで飛ばしたんだぞ」
ゼノバが話に割り込んでくる。
「そっちのファーマインが本物だろう。テレポーテーションが使えるのは、ファーマインただ一人だけだ」
ノーティスは、最初からそう思っている。
「ここへ帰るまえにも伝えたが、なにもできなかったよ。あっという間だった」
ディガーがファルコの方をふり向いた。
「総隊長」
ファルコは、さっきから苦虫を噛みつぶすような顔をしている。機嫌が悪そうな彼に、ディガーも渋い表情で問いかける。
「これから、どうしますか?」
ファルコはため息をつくと、力のない声で答えた。
「しばらくは、情報収集に専念しよう。ヘタにこっちから仕掛けると、犠牲が大きくなりそうだ」
ノーティスが右手上げる。
「賛成だ。いまは、なにをやっても上手くいく気がしない」
ゼノバもディガーもうなずいた。だが、ガラハッドはしかめっ面を崩さない。
「やられっぱなしのままでいるのは、どうかと思うぞ」
そういうガラハッドに、ゼノバが言葉を返した。
「戦力は、ラムドの方が上をゆく。やみくもに攻めても、総隊長のいうように犠牲が大きくなるだけだ」
ディガーが、彼のあとに続く。
「だから、勝つための情報を探すんだ。なんの情報もなければ作戦が立てられない。無策で行動するわけには、いかないだろう」
理論的には正しいと思うガラハッドは、しぶしぶ納得するのだった。
会議はこれで終わり、各々は持ち場にもどる。
ファルコは不機嫌そうな顔のまま、指令室に入った。
「敵の動きはないか」
ファルコの代理を務めていたサイアスが答える。
「ありません」
それをきいたファルコは椅子に座った。
会議室でノーティスのいったことが、思い出される。いまは本当に、なにをやっても上手くいきそうにない。
椅子に座ったのもつかの間、すぐに立ち上がったファルコはサイアスに告げる。
「情報部隊のネイザーを作戦会議室に呼んでくれ」
「ネイザー隊長ですね?」
「そうだ」
「了解しました」
ファルコは指令室を出て、ふたたび作戦会議室に向かって行った。
──まだだ。俺は、あきらめんぞ
シグマッハを率いて十五年以上になるが、これほどの窮地に陥ったのは、はじめてだ。
これまでラムドと互角に戦ってきたが、単に幸運なだけだったのかもしれない。
ノーティスがシグマッハの本拠地を訪れ、ドノヴァンが加入すると、戦力は一気に強大になった。
ドノヴァンひとりが去っただけで、組織はこんなにも弱体化するものなのか。
ダブルレイズがいかに貴重な存在かを思い知らされる。
しかし、あきらめないその先にあるのは、絶望ではなかった。




