◇ 人質奪還計画
セシルはワイアードに顔を向けると、自分の提案を述べる。
「情報局に、ワグナーを待機させる」
ワイアードは、ハッとする。彼のレイズを思い出した。
「おまえがハーシュの部隊から連れてきたワグナーか?」
「そうだ」
彼の名前は、ボルグも知っている。
「アストン・ワグナーか!」
ボルグが驚嘆した声を響かせる。彼がこれほど驚いた顔をするのは、非常にめずらしい。
オルトナは、びっくりしながらボルグに尋ねた。
「あの、ワグナーさんという方は、どういう人なんですか?」
オルトナに向けたボルグの顔には、悔しい感情が浮かんでいる。
「わが情報局が、是非ともほしかった人材だ。彼のレイズは情報局に必要な能力だったが、優秀な頭脳を軍に評価され、そっちへ引っぱられたんだ」
セシルがつけ加える。
「彼が在籍していた部隊から、わたしが彼をひき抜いたんだ。わたしの部隊の参謀だよ」
セシルはそこまでいうと、ワイアードにふり向いた。
「当日は、特機隊の基地には、わたしもワグナーもいなくなる」
彼女がなにをいいたいのか理解したワイアードは、うなずいた。
「ネルソンをそっちへ派遣しよう」
「頼む」
統合本部の司令次官ディアン・ネルソンが特機隊の基地に派遣されることが、すぐさま決まった。
オルトナは、気になっていることを口にする。
「あの、ワグナーさんは、どんなレイズを使うのですか?」
セシルが答える。
「変身能力だ」
「変身能力?」
ボルグが「そうだ」といって、くわしく説明する。
「彼のレイズは、ただ姿形をコピーするだけじゃない。歩き方や声までも、まったく違和感がない同一人物になれるのだ」
オルトナは唖然となった。しかし、変身能力といっても完璧ではない。
「まあ、レイズまでコピーできるわけではないがな」
さすがに、レイズまで同じようには使えない。それでも、情報局としては絶対に手に入れたい人材だった。
セシルとワイアードが中心となり、会議が進む。
五日後にズッカーナの中央広場で、どのようにアルオーズを奪還し、レミー・モルダンに危機が及ばないようにするか、具体的な作戦が考え出されるのだった。
早々と時間は過ぎ、その日はやってくる。
小さな町だったズッカーナは、ラムドとシグマッハの戦闘に巻き込まれ、荒れに荒れた町である。朽ち果てた建物や道路に横たわった車両が、いまでもそのままの状態で放置されている。
現在、この町には誰も住んでいない。
ラムドのメディカルチームが運用するホバーランサーが中央広場に到着する。シグマッハの装甲車が、すでに来ている。
ホバーランサーからレミー・モルダン副隊長と、白衣を着たメディカルチームの二人の隊員が降りると、シグマッハも装甲車から何人か出てきた。
アルオーズは電子ロックの手錠をかけられ、銃を手にしている二人の兵隊に支えられている。
コートもハットも取られ、髪はボサボサで疲れている様子が、その顔からうかがえる。
双方の距離は、三十メートルほどだ。お互いにゆっくりと近づいてゆく。その距離が十メートルになり、さらに歩いて五メートルになったところで足を止めた。
アルオーズを抑えている兵隊の一人が、装甲車にいる仲間にヘッドギアのインカムで連絡する。
「ファーマインは、どうだ。情報局にいるか?」
情報局にいるのは、セシルの姿をした特機隊のアストン・ワグナーである。だが、シグマッハの彼らは、そんな事実を知るよしもない。
「ああ、確認がとれた。確かに情報局にいる」
「わかった」
相手との通話が終わったと思った直後、インカムから叫ぶような声が響いた。
「うわあっ!」
刹那、けたたましい爆発音が耳をつんざく。装甲車が爆破したのだ。




