◇ かけひき
不意に、レズリーの左側にある電話が着信ベルを鳴らす。これは会議室の電話ではない。大統領へ直接つなぐ電話だ。
──だれ?
この大事なときに、大統領の自分に電話をよこすなど、よほどのことが起きたのか。
彼女は受話器をとる。
「もしもし」
「レズリー大統領か?」
レズリーの顔が硬直する。相手が何者かが、わかったのだ。
彼女は、この通話をスピーカーに切り替える。
「俺はシグマッハの総隊長、ウォーゼスだ。こちらの要求は、きいてくれただろうな」
情報局に送られた犯行声明の通信と同じ声だ。レズリーは、自分が気にかけていることを訊いた。
「アルオーズ官房長官は、ぶじでしょうね」
「ああ、ぶじだ」
「声をきかせて」
「それはできない」
ワイアードが、レズリーに手でサインを送る。手話だ。レズリーは、彼が手話で伝える指示どおりに話す。
「いっておきますが、特別機動部隊のモルダン副隊長ひとりでズッカーナへ行くことはできませんよ」
「車の運転手を、一人だけ認めよう」
それに従うと、シグマッハの思うがままになる。ワイアードは、そうはさせない。
「官房長官の容態が心配です。メディカルチームの二人が同行します」
「ダメだ」
「彼女たちは医療チームです。戦闘員を乗せて行くわけではありません。車も、武器を搭載しない医療車両です」
ファルコは、しばらく考える。
「……わかった」
「車両の整備に時間がかかります。また戦闘車両ではないので、あまりスピードが出ません。官房長官とモルダン副隊長の交換は、五日後にできませんか?」
「いいだろう。五日後の正午、場所はズッカーナの中央広場だ。忘れるなよ」
ファルコ・ウォーゼスからの通話は、それで切れた。
レズリーは、手話で指示していたワイアードにいった。
「これでいいのですか」
「ええ、上出来です」
とりあえず、アルオーズとレミーとの交換を五日後まで延ばすことができた。医療車両であるホバーランサーのスピードは実は速く、ズッカーナまでは三日で行けるので、二日間の余裕ができる。
あと二日の間に、アルオーズの奪還作戦を考えなければならない。
ワイアードはセシルの方をふり向いた。
「ファーマイン、わたしとおまえで作戦を立てるぞ」
神妙な顔をするボルグが、懸念することを二人に伝える。
「当日は、ファーマイン隊長が情報局に釘付けになるぞ。しかし、ズッカーナに彼女が行かなければ、あのときのように成功しないのではないか」
彼のいう「あのとき」というのは、ウルトラシークレットのことだ。
ダーモス・コーネン元大統領を暗殺したリナを、セシルのレイズで一瞬のうちに移動させたように、アルオーズも彼女の能力で瞬時に奪還する以外に策はないと考える。
それを知らないオルトナが、漏らすように声を出した。
「あのとき?」
ボルグは、いささかあわてた。
「ああ、おまえは知らなくていい」
ワイアードがフォローする。
「以前、われわれしか知らない重要な作戦があったんだ。いまでも、関係者以外は秘密にしている」
頭の良いオルトナは、察しがついた。彼は目を見開いて、驚きを声に出す。
「ま、まさか、ウルトラ……」
ワイアードは、最後までいわせない。彼の目つきが凄味を帯びる。
「これ以上は話せない」
オルトナは、びびった。
「……わ、わかりました」
彼は素直に了解する。
レズリーは、部隊の二人に問いかけた。
「官房長官を奪還し、モルダン副隊長も危険な目にあわせるわけにはいきません。なにか良い案があるのですか」
セシルは大統領を安心させるように言葉を返した。
「わたしが、ズッカーナへ行きます」
ボルグが彼女に疑問を投げる。
「しかし、君は情報局から離れられんのだぞ」
だがセシルにとっては、なんの問題もなかった。
「代わりがいる」
「代わり?」
ボルグもオルトナも、目を丸くする。




