◇ シグマッハの要求
アルオーズが誘拐されてから三日後、シグマッハからラムド情報局に通信が入る。
それを傍受したジュリアが、ボルグ長官に伝える。
「長官、シグマッハの通信です。ラインCー1です」
ボルグはジュリアの近くにあるスピーカーまで行き、音声に集中する。
ラインCー1の回線は相手からの一方的な通信であり、こちらからは返信できない。
「われわれは、シグマッハだ。ラムドに要求する」
その要求に、ボルグは驚いた。
「いまからいう場所に、特別機動部隊の副隊長モルダンを連れてこい。モルダンと官房長官を交換する。場所は──」
ボルグは、すぐにレズリー大統領に報告する。そして、大統領官邸に前回と同じメンバーが集まるのだった。
大統領官邸の会議室で、ワイアードの困惑する心情が、その顔に浮かぶ。
「モルダンと官房長官を交換、か」
ボルグが、わかりきったことを口にする。
「レミー・モルダンを連れてこなければ、アルオーズ官房長官は殺されるだろう」
セシルは眉をよせながら、彼の方をふり向いた。
「モルダンにもしものことがあれば、部隊の戦力はガタ落ちだ。副隊長の存在は、ラムドの平和に直接かかわってくる」
「だが、官房長官を見捨てるわけにはいかん」
「当然だ。しかし、なにか手を打たないとモルダンはやつらに連れて行かれたまま、どんな目に会うかわからない」
レズリー大統領は、オルトナに指示する。
「先ほどきいた通信を、もう一度お願いします」
「はい」
シグマッハが情報局に要求を述べた通信だ。
オルトナがキーボードを操作する。ラインCー1の通信音声が、部屋のスピーカーから流れる。
「われわれは、シグマッハだ──」
みんながその声に耳を傾ける。
「──場所は、ズッカーナの中央広場。時間は三日後の正午だ」
ズッカーナは、ラムドにもシグマッハにも属さない中間的な領域である。
緩衝地帯といってよいのだが、この地は過去に激戦に次ぐ激戦で、完全な廃墟と化した街である。
復興の兆しもまったくない、捨てられた町なのだ。
シグマッハの要求に応えるには、かなり遠い位置にある。睡眠時間を確保することを考慮すれば、ふつうの車両では五日はかかる距離だ。
速度のはやいランサータイプの車両でなければ、シグマッハが指定する日時に間に合わない。
いま、アルオーズを拐った者たちは夜通し車を運転して、このズッカーナの地にいるのではないかと推測される。
シグマッハの要求は、それだけではなかった。
「官房長官とモルダンを交換する間、ラムド情報局のラインCー4で、特別機動部隊のファーマイン隊長を映すようにしろ。もちろん、通話できるようにするんだ」
ラインCー4は、いわばテレビ電話である。
シグマッハは、ズッカーナの現場にセシルを来させないよう、彼女を情報局に釘付けにする気なのだ。
セシルの能力テレポーテーションは、やっかいだ。彼女がそのレイズを発揮すれば、造作なくアルオーズを奪還できるだろう。
ワイアードが顔をしかめる。
「特機隊の副隊長に目をつけるとは、考えたな。しかも、ファーマインを情報局から動けないように監視するとは」
こういう頭のキレるところが、シグマッハの侮れないところだ。彼らは、力まかせに戦うだけの脳筋集団ではない。
だがシグマッハは、本当はモルダンよりもリナをとらえたかった。リナを抑えることができれば、大きくかけはなれたラムドとの戦力の差は、だいぶ縮小するだろう。
しかし、ズッカーナでアルオーズとリナを交換するとき、彼女の電撃であっという間に一網打尽にされる恐れがある。
シグマッハは、そうなる確率が極めて高いと判断し、リナではなくレミー・モルダンを選んだのだ。
ところが、リナはまだ満足に動ける状態ではない。彼らの知らないその事実は、この作戦における誤算だった。
シグマッハにすれば、レミーも要注意人物であることに変わりはない。
セシルが懸念するように、レミーにもしものことがあれば、ラムドの戦力はマイナスの方向に大きく傾くのは目に見えている。




