◇ 同一人物
リナといっしょにいる紳士は、レイズを使えるかどうかはわからないが、どう見ても庶民だ。
セシルは、庶民に知り合いはいない。彼女と交流があるのは、軍の関係者と政府の人間ぐらいなものだ。
そんな彼女は、庶民の紳士に会った記憶がなくて当然といえる。
このことをワイアードに告げようと彼の方をふり向いたとき、ワイアードが先に口をひらいた。
「まだ、わからないか?」
セシルは、ワイアードは誰かと勘違いしていると思った。彼は続けて話す。
「まあ、あの人のあんな顔は、ふだんは見られないからな。思い出すのに時間がかかっても、無理はない」
その言葉に、セシルはふたたび紳士の方に顔を向ける。よく見ると、誰かの面影があるように感じる。
──ひょっとして、あの紳士は庶民ではないのでは?
会った記憶がないのであれば、当然そういうことになる。
──ふだん見ない顔。それなら、ふだんは……っ!
記憶の海に潜り続けていたセシルは、ある人物にたどり着いた。
「ま、まさか」
ワイアードがニヤニヤしながら、愕然となった彼女に声をかける。
「思い出したか?」
とても信じられない。リナと話している紳士の印象が、自分の知っている彼とはまったくちがうのだ。
セシルの口から、その人物の名前が漏れるように出てくる。
「アルオーズ官房長官……」
ワイアードは微笑みながら、彼女に語る。
「もう、わかるだろ。あの人がジーグの処刑を望んでいることは、絶対にないんだよ」
アルオーズの、どこまでも優しそうな笑顔。いまの彼を見るかぎり、確かにそう思う。
まだ呆然としているセシルに、ワイアードは言葉をかける。
「本部に帰ろう」
二人は、アルオーズとリナが自分たちに気づくまえに、本部に帰って行くのだった。
本部に向かう車の中で、セシルがワイアードに訊いてみる。
「官房長官は、なぜわたしがいないときに限って基地に来るんだ?」
ワイアードは、あきれたようにいった。
「おまえが、あの人をきらっているからだよ」
セシルはムッとするが、ワイアードのいうことは正しいと思える。
今日にしても、アルオーズはセシルが統合本部に行くという情報をつかみ、それで彼はリナに会いに行ったのだ。その情報は、ワイアードが意図して流したことはいうまでもない。
セシルは、気になることがいくつかある。
「官房長官とジーグは、どういう関係があるのだろう?」
「さあな。わたしにもわからないが、ただ……」
あまり人に話すことではないと思いつつ、ワイアードは語る。
「官房長官は、お孫さんを亡くしている。女の子だそうだ」
セシルは絶句する。アルオーズにそんな過去があったとは、まったく知らなかった。
「そのお孫さんとジーグを、重ねて見ているのかもしれない」
おそらくそうだろうとセシルは思う。ワイアードは言葉を続ける。
「亡くなったのは、孫娘だけじゃないんだ。官房長官の仕事中に、旅行に行っていた婦人も娘夫婦も、事故で命を落としたんだ。あの人は、家族のすべてを失ったんだよ」
「では、官房長官はいま、独りなのか?」
「そうだ」
少なくとも結婚はしているだろうから、婦人だけはいるはずだと思っていたセシルである。
ワイアードが寂しさをたたえた目を彼女に向ける。
「おまえも、あまり官房長官をきらうんじゃないぞ」
セシルは眉をよせ、神妙な顔になる。
──そんな話をきいたあとでは、憎むに憎めないではないか
彼女はやれやれと思いながら、ため息をついた。
そして、別の疑問をワイアードに投げた。
「裁断会議のとき、あの人は大統領に食ってかかっていただろう。なぜだ?」
「そういう人も必要なんだよ。ウルトラシークレットは、けっして軽いものではないからな」
本当なら、リナもセシルも死刑になりかねないほどのことなのだ。
「まあ、大統領の性格をよく知っている彼だからこそ、ああいうことができるのだろう。大統領も一度きめたことは、なかなか覆さないからな」
セシルは、ふたたびため息をつくのだった。
──まったく、ややこしい人だ




