◇ 初老の紳士
前回の戦いから、二十日が過ぎた。
その間、シグマッハとは一度だけ戦闘があったが、双方たいした戦果もなく大きな犠牲が出ないうちに戦闘現場から撤退した。
やはり、お互いに切り札といえるリナやドノヴァンがいないと、思うように攻めきれない。
ユードルトにある特機隊の基地で、セシルが参謀のアストン・ワグナーに告げる。
「では、行ってくる。わたしが留守の間は、頼んだぞ」
「はっ、了解しました」
あとのことをアストンに任せたセシルは、待たせてある特機隊の車に乗って統合本部に向かった。
数日前、ワイアードからこの指定された日に、本部に来いと連絡を受けた。だが、なんの目的で本部に呼ばれたかは知らされていない。
ワイアードがいうに「来たときに説明する」ということである。
──いったい、なんの用だろう?
リナは順調に回復し、やっとベッドから起き上がって歩けるようになった。戦線に復帰するには、まだはやい。
──ジーグに関することではなさそうだが……
あれこれ考えているうちに、セシルを乗せた車は統合本部に到着する。
本部指令室の自動ドアが開き、セシルが姿を見せる。
ワイアードが彼女の方をふり向いた。
「来たか」
セシルのそばまで近寄ると、予期せぬ言葉が彼の口から出てくる。
「おまえに、おもしろいものを見せてやろう」
「?」
てっきり、今後の作戦における重要な会議でも行うのかと思っていたが、全然ちがうようだ。
ひょっとして、自分の知らない新兵器でも完成したのだろうか。そう考えたセシルだが、これも的外れだったらしい。
ワイアードは、いった。
「特機隊の基地へ行こう」
いま来たばかりなのに、もう帰るのか?
──それなら、わたしを呼ばずに司令官が特機隊の基地に来ればいいのに
セシルは眉をよせる。
彼女がそんなことを思っている間に、ワイアードが司令次官のディアン・ネルソンに告げる。
「ユードルトの特機隊基地に行ってくる。あとは頼む」
そういうと、セシルに顔を向けた。
「本部の車で行こう」
セシルが乗ってきた車は本部に待たせたまま、セシルたちは本部の車に乗り込んだ。運転するのはワイアードだ。
司令官のワイアードが自分で車両を運転するのは、そうあることではない。だいたいは、大統領が絡んでくるほどの重大な事態が発生したときぐらいなものだ。
しかし今回は、ワイアードの表情を見るかぎり、それほど深刻な様子はない。
そんな彼にセシルは尋ねた。
「おもしろいものとは、なんだ?」
ワイアードは、いたずらっぽく微笑んだ。
「行けばわかるよ」
ここまで秘密にされると、セシルはあまり良い気はしない。だが、ちょっと気になる。
特機隊の基地に、自分の知らないなにかがあるとは思えない。
そんなものが搬送された覚えはなく、基地内で極秘になにかを造っているということもない。
どうにも腑に落ちない。
二人とも、あまり話さないまま特機隊の基地に到着する。彼らは車から降りて基地内に入ると、二階へ上がった。
歩きながら窓から外を見ていたワイアードは、ふと立ち止まる。
「ファーマイン」
そういうと、窓の向こうを見てみろというように顎で示す。
憩いの場といえる広場のベンチに、リナが座っている。そのとなりに、茶色のコートを着て頭にハットをかぶった初老の紳士がいる。
──あの紳士は?
そういえば、ずっと以前からリナに面会にくる男がいることをセシルは思い出した。
メガネをかけた紳士は、リナの母方の一族と関係があるらしいことはきいているが、くわしいことはわからない。
何度も来ているようだが、セシルが基地にいないときに限ってあらわれるので、彼女は一度も会ったことがない。
ベンチで話している二人は、仲が良さそうだ。お互いに微笑みながら、言葉を交わしている。
リナがこれほど笑顔を見せるのは、めずらしい。
ワイアードがセシルに問いかける。
「彼に見覚えはないか?」
「いや、はじめて見る。彼はときおり、この基地に……」
話している途中で、ワイアードが口をはさんだ。
「おまえは、あの人に会っているぞ」
「──っ?」
セシルは絶句する。ワイアードはそういうが、彼女にはまったく覚えがない。
ワイアードが勝ち誇ったような笑みを見せる。
セシルは、その顔が気にいらない。意地でも思い出さねばと、心の中でやっきになる。
だが、自分の記憶を探っていると、おかしなことに気づいた。




