◇ 懸念
ラムド軍統合本部にいる司令官ワイアード・ロディオンは、セシルが来るのを待っている。
彼女から「全員、生きている」と連絡があったときは、心底ホッとした。ただ、リナが重症なのが気になる。
どんな戦いだったのか、詳細がききたい。まだかまだかと待っていると、本部指令室の自動ドアが開いた。
──来たか
そう思ってふり向いたワイアードは、出そうとした言葉が喉の奥で止まる。
セシルは、白いボタンシャツを一枚着ただけの姿で指令室に入ってきたのだ。胸元がはだけ、ズボンもスカートもはいていないその足が艶かしい。
唖然となっているのは、ワイアードだけではなかった。彼は、セシルを見ているみんなの方をふり返って怒鳴った。
「仕事に集中しろ!」
全員、あわててセシルから目をそらす。
ワイアードの「なんて格好だ」という想いが、その顔に出る。
「服ぐらい、きちんと着てから来い」
「それどころではないんだ」
セシルは、耳打ちするように彼に告げる。
「ウルトラシークレットが、バレた」
「──っ!」
ワイアードは、血の気がひいたように真っ青になる。
「ジーグがオズマに話したんだ。それで、結局はわたしの部隊のみんなが知るところとなった」
「………」
「そうしなければ、われわれは全員、一人のこらず死んでいただろう」
ワイアードは、苦い薬を口に入れたような顔になる。
「これは、裁断会議にかけられるぞ」
裁断会議──ウルトラシークレットに関わった者たちが集まり、裏切り者を断罪する裁判といってよい。これには大統領も出席する。
セシルは、おそらく自分も罪を問われることを、彼女自身わかっている。
問題はリナだ。ワイアードは、眉をよせながら小声で話す。
「ジーグは死刑になりかねん」
その言葉をきいたセシルは、彼をにらんだ。
「そんなことは絶対にさせない」
ワイアードは、当然だというようにうなずいた。
「もちろんだ」
いま、リナを失うと、その影響ははかりしれない。攻めも守りも、リナがいるかいないかで作戦がまったくちがってくる。
彼女がいなくなれば、政府軍全体における犠牲者の数が、目に見えて増えるだろう。
リナが重症で戦線に出られない現在の状況は、かなりまずい。しかし、シグマッハもドノヴァンが去り、うかつに攻めることができないと思われる。ラムドにとっては不幸中の幸いといえる。
ラムド政府軍はいま、絶対にリナを失うわけにはいかない。
ワイアードは、思い出したようにセシルにいった。
「会議室に行こう。こういうことになった詳細をききたい」
「わかった」
「まず、着替えてくれるか。目のやり場に困る。確か、制服の予備は……」
「わたしは全然、困らないが」
「いや、たのむから着替えてくれ」
ワイアードのしつこい説得に、セシルは仕方ないと思い、折れるのだった。
翌日──ワイアードとセシルならびにボルグは、大統領官邸に呼ばれる。
裁断会議を行うためだ。本来ならリナも呼ばれるところだが、彼女はまだ意識がもどっていない。
会議室で円卓をかこむみんなの表情は、渋い。
ボルグが、苦りきった顔で口をひらいた。
「なんてことをしてくれたんだ」
すぐさま、ワイアードが応じる。
「だが、そのおかげでファーマインの部隊は救われた」
ふだんから気難しいアルオーズの顔が、さらに険しくなる。
「死刑に相当する行為ですぞっ」
セシルが言葉を返した。
「いま、ジーグが処刑されていなくなれば、政府軍にとって、はかりしれない損失になる。そうなると、ラムドの国が危機にさらされることぐらいわかると思うのだが」
ワイアードが横から口をはさむ。
「よせ、ファーマイン」
円卓が嫌悪な雰囲気におおわれるなか、レズリー大統領が彼らを黙らせる。
「みなさん、静かに」
彼女は、いままでに見せたことのない厳しい顔をしている。




